梅干し消費量は四半世紀で約4割減少、梅干しは消費期限がない

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統計データ

この文章のトピックスは以下です。
・梅干し購入量はここ23年で-40%で下がり続けている
・購入金額は23年で18.9%
・月別で梅干し消費量が多いのは6月で1年で見ると山型
・収入階級別で見ると収入が少ないほど消費量が多い
・年齢別で見ると年齢が高いほど消費量が多い

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日本国内の梅干し購入量は23年で-40%

梅干し 年間購入量と購入金額 2人以上世帯
出典:家計調査(総務省)

上記は2人以上世帯の梅干し・年間購入量と購入金額です
購入量は2002年105.3kg、2024年63.2kg、前後比-42.1kg(60.0%)。
購入金額は2002年\1,722、2024年\1,396、前後比\-326(81.1%)。

消費量が4割減、金額は約2割減で、梅干しの値段が上がっていることがうかがえます。
また、消費量は23年で4割減と、梅干し需要は減少の一途と言えます。

月別梅干し消費ピークは6月で、1年でみると山型の消費

2024年 月別梅干し購入量 2人以上世帯
出典:家計調査(総務省)

上記は2024年、2人以上世帯の月別梅干し購入量です。
消費量は6月8.3kgがピークで、全体が山型のグラフ。
最小消費月は1月で3.6kg、6月に比べ半分以下の43.4%。
梅干しは出荷時期も含め、初夏が良く食べられています

2024年 収入階級別梅干し購入量
出典:家計調査(総務省)

上記は2024年、2人以上世帯の収入階級別の梅干し購入量です。
一番梅干しをよく食べているのは、この階級の中の一番下336万円未満。
これまで、さまざまな食べ物を見てきましたが、たいていは収入が高いほど消費も高いが梅干しはその逆。

2024年 年齢別 梅干し購入量
出典:家計調査(総務省)

上記は2024年、2人以上世帯の年齢別の梅干し購入量です。
これは大方の人の想像通り、年齢が高くなるほど消費量が多い。
29歳以下は70歳以上に比べ、25.7%と約1/4の消費量です。

 

(物語)時間をかけて円熟の域に達する

東京での僕の生活は、いつも時間に追われいつのまにか1日が過ぎていく多忙の毎日。
朝起きて仕事に行って帰ってきてわずかな余暇時間があれば良いくらいで、平日は何もできない。
それでも仕事に対し、小さな不平は持っていても給料面で大きな不安はなく、家庭も平穏だ。
上を見上げればきりがなく、物価高の世の中で平凡な生活というのは貴重であるとは考えている。

中年に属する40歳代になった僕は、妻と小学生の息子と三人で暮らしている。
いまは小学生の息子が中学受験を目指しており、家族総出でそのバックアップの最中。
子どもにどこまで口を出すかなど考えることは多いが、充実した時間の中で生きている。

けれど、時折ふと目先の事ばかりに埋め尽くされているような不安が頭をよぎる。
変化の激しい子どもを身近にみているからなのかもしれないが、これで良いのだろうか。

夏の終わり、家族全員で毎年恒例になっている地方の僕の実家へ帰省した。
正直、妻は僕の実家に積極的に行きたいと思っていないのだろうが、それでもついてきてくれている。
他のご家庭の深い部分は想像でしかないが、これだけでも家族がまだ家族として機能しているといえるのかもしれない。
ちなみに子どもは僕の実家で祖母におもちゃを買ってもらえるので、いつも僕の実家には行きたがっている。

実家について実家の玄関から家に入り、台所でテレビを見ていた母親に「着いたよ」と言う。
「おー、おかえり」といつもの母親の返答がそこにはあった。
母は相変わらず元気そうだったが、どこか影のようなものが背中にまとわりついているようにも見えた。
年齢のせいかもしれないし、父がいなくなった家の空気のせいかもしれない。
僕の父親は、約20年前病気で他界している。

実家に到着して一息ついたら、恒例の近くのおもちゃ屋さん訪問が待っている。
子どもの楽しみであり、親としておもちゃを買ってもらい過ぎ感は否めないが、子どもが祖母と歩いている姿を見るのは親として嬉しい。

今回も買ってもらうおもちゃを決めていた息子。
無事、商品が買えて祖母宅で遊び倒した後、気晴らしというか目先を変えるように、祖父母宅の昔僕が使っていた部屋の押し入れをあさり出した。

僕が押し入れ前のその部屋で本を読んでいたところ、息子が押し入れの奥から大きなガラス瓶を1つ抱えて出てきた。
息子によると、どうやら瓶は押し入れの奥に5個あるらしい。

瓶の中に入っているのは梅干しだった。
そして瓶のふたに貼られた黄色いテープが目に入った。
「200X年 梅」
ややかすれた文字だが、母の筆跡だとすぐに分かった。
20年前の梅干し。

何でも挑戦してみたい性分の僕は、梅干しを押し入れから見つけた話を母親にしつつ尋ねる。
「これ、もらっていい?」
僕がそう聞くと、母は少しだけ目を細めて笑った。
「全部持っていきなさい。どうせ私ひとりじゃ食べきれないから。」
そして、東京へ戻るマイカーに瓶を5つ積めこんだ。

東京に戻って数日後、20年前の梅干しは食べても大丈夫なのだろうかと、ふと疑問を思いつく。
今の時代らしく手元のスマートフォンで調べてみると、梅干しには賞味期限がない、という記事がいくつも出てきた。
梅干しは塩分濃度が高く、保存状態が良ければ半永久的に持つらしい。
どうやら、梅干しはアイスクリームと同様、何年後でも食べられるようだ。
僕はこの情報を信じ、梅干しの瓶の蓋をゆっくりと開けた。

梅干しはややぶよぶよになってはいるが、形状がどろどろになるようなこともなく、丸い形を残している。
少しだけ硬度のゆるい赤い果肉が、静かにそこにあった。

瓶の中から梅干しをひとつ取って口に入れる。
腐っていてお腹をこわす可能性も脳裏をよぎるので、梅の実の1/4程度をかじってみる。

たしかに梅干しだ。
そしてスーパーで購入する梅干しとは違い、その味は段違いでおいしい。
塩気はもちろんあるが口の中でまろやかさが広がり、さらにその奥には甘味を感じる。
長い時間をかけて角が取れ、すべてを包み込むような柔らかくなった味。

その瞬間、僕は思い出した。
父が亡くなる少し前、母が台所で梅を漬けていた姿を。
「これはね、あんたが大きくなっても食べられるように、ちゃんと漬けておくから。」
それは、父の病状が悪化し始めた頃だった。
母は未来のどこかに、家族の形を残そうとしていたのかもしれない。

翌週、母から電話があった。
「この前の梅干し、どうだった?」
「すごく美味しかったよ。びっくりした。」
そう答えると、母は少し黙った。

「よかった。あれね、あなたが家を出る年に漬けたのよ。
いつか戻ってきたときに食べられるようにって。
でも、あなたは東京で忙しそうだったから、渡すタイミングを逃しちゃってね。」

このやりとりもそうだが、いかにも母らしい言葉であり、父も近い考えの人だった。
押し付けがましいことはしない。
コツコツ積み上げるのが大事で、人はそうやって成熟していく。
人様に迷惑をかけない。
人が喜ぶことを実行する。

その夜、僕はもう一度梅干しを口に含んだ。
20年の時間が、ゆっくりと舌の上でほどけていく。
まろやかさの奥にある甘さは、母が家族を思う気持ちそのものなのかもしれない。
そう考えるとこの梅干しは、母の生き方とも言える。
ゆっくりと時間をかけて円熟味を増していく人生の先輩の思想。

よく卒業式にタイムカプセルの話が出てくる。
タイムカプセルは未来の自分に対するメッセージだが、この梅干しは母が未来の僕に向けたメッセージといえるのではと思いつく。

僕がおいしそうに梅干しを食べているのを息子が見て、食べたいというので一口食べさせてみる。
「梅干しってこんなにおいしいんだ。」
笑顔とともに出てくる息子の言葉は、母親の望む姿だと僕は思った。

さいごに

上の物語はフィクションです。
ただ、実際に僕は母親が漬けた20年物の梅干しを食べた実話から創作したお話です。
自分が梅干しの賞味期限がないことを知ったのもこれがきっかけ。
古酒と類似する、その味のまろやかさ、ほのかな甘さ、深い広がりは年月が作り出す深い変化です。

数十年経過したお酒や梅干しは、その懐が深い。
うまくエイジングできた、真似したい姿です。