他人にどう思われるかを気にする子どもの割合は2/3以上

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統計データ

この文章のトピックスは以下です。
・自分がどうみられているか気になる小中学生は71.3%
・小中学生比較では中学生が、男女比では女子が気になる割合が高い
・仲のいい友達の目が一番気になる
・「こんなふうにみられたい」像を持っている子は約半数
・中学生男子のみ「こんなふうにみられたい」像を持っている子が低い
・どんなふうに見られたいかを一言で表すと「やさしそう」が1位

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自分がどうみられているか気になる小中学生は2/3以上

『自分がどう見られているか』が気になる
出典:人からどう見られたい?(博報堂教育財団)

上記は「自分が他人にどうみられているか気になるか」の小中学生の回答です。
全体では「すごく気になる」「やや気になる」「どちらかといえば気になる」を足すと71.3%。
2/3以上の子どもたちは他人目線が気になると回答しています。

小中学生を比べると、中学生が気になる割合が高い。
男女比を比べると、女子が男子より気になる割合が高い。
思春期に近づくと周りを少しずつ意識するようになり、たいていの人がそう思うように、特に女子はその傾向が強い。

誰の目が気になるか
出典:人からどう見られたい?(博報堂教育財団)

上記は「誰の目が気になるか」小中学生の回答です。
上から「すごく気になる」「やや気になる」「どちらかといえば気になる」を足した数が多い順に並んでいます。

1位は「仲のいい友達」88.8%、いつも一緒にいる人の目が一番気になっています。
2以は「知っている子」83.4%と、学校や塾などで名前と顔は知っている間柄辺りの人です。
3位は「好きな子」で、「すごく気になる」だけの順位ならこれが1位。
「親」は7番目で、親は子どもの年齢が上がる毎に関心が薄まる世の習いです。

小中学生でみられたい像を持っている子は約半数

「こんなふうに見られたい」という像があるか
出典:人からどう見られたい?(博報堂教育財団)

上記は「こんなふうに見られたい」という像があるか。
全体では「ある」「ややある」を足すと49.5%と約半数。
小中学生、男女比の4つの中で「みられたい像」が一段低いのは「中学生男子」で41.3%。
深ぼってみても中学生男子の「ある」と答えた割合は8.0%と最低で、中学生男子はこのころ別の何かに熱中しているのか。

「見られたい自分」を表すワード
出典:人からどう見られたい?(博報堂教育財団)

上記は「見られたい自分」を一言で表すとの結果です。
1位「やさしそう」47.5%で約半数。
2位「明るい」35.5%で1/3強。
3位「親しみやすい」31.5%で1/3弱。
上位8つのワードを眺めてみると、調和か見た目が上位を占めています。
「強そう」「根性がありそう」「しぶとそう」のような昭和時代に大人がよく口にした価値観は、令和の子どもたちからは出てきません。

若い時は他者目線が気になるがやがて変わる

自己評価か他己評価か
出典:若い世代ほど「他人からの評価を気にする」傾向(マイナビニュース)

上記は小中学生ではなく、大人の回答で「自己評価か他己評価か」のアンケート結果です。
他己評価は19歳までは56.1%、60歳以上は19.2%と約1/3に減少。
自己評価己は19歳までは31.1$、60歳以上は65.7%と約2倍に増加。
若い時は他己評価優位、年を重ねる毎に自己評価が高まっています。
グラフを見るときれいな推移です。

スポットライト効果から「自分に正直な人生」へ

心理学用語に「スポットライト効果」があります。
スポットライト効果とは、「自分が舞台の上でスポットライトを浴びているかのように、周囲が自分に注目している」と思い込んでしまう認知の歪み。
衣服の小さな汚れや発言の小さなミスなど、実際には誰も気にしていないことでも、子どもや思春期の若者は「みんなに見られている」「変だと思われたかもしれない」と強い不安を感じます。
これは自他分離と社会性が発達する過程における自然な反応と言えます。

自分の子どもの頃を思い起こしてみても、いくつか思い当たるものはある。
好きな女の子の前で格好つけようと思っているが、現実はから回りしておかしな発言をする。
それを、だれもそんなことは気にしていない、記憶にすら残っていないのに、家に帰ってからもやっちゃったなーと悩む。

友だちからどう見られているか。
先生にどう評価されているか。
失敗したら笑われないか。
みんなと違ったら嫌われないか。

子どもの時期は、認知機能の発達時期で、自分中心の「自己チュー」が大半。
それでもこの時期はこれが一般的で、「他者の視点」を獲得する重要なフェーズです。

そしてその後、大人へと成長するにつれて自分軸(アイデンティティ)が確立されます。
世界の中心は自分ではない現実を理解できるようになる。
その結果、外部からの評価(他者評価)に一喜一憂する段階を抜け出し、自分の価値観や基準(自己評価)を重視した生き方ができるようになる。

とはいえ、ここで過剰に自分基準を高めすぎるのも痛い人評価を受けることになる。
自己評価と他己評価のバランスが求められます。

他人の目を意識すること自体は決して悪ではなく。
令和時代の男性に女性が求める清潔感はこの一例です。
高価や奇抜な服装を求められているのではなく、TPOに合ったこぎれいな服装。
一歩踏み込むなら、過剰よりもシンプルさが時代の流れです。

これができる人は、周囲への配慮や社会的な協調性を保てるとも言えます。
自分以外を認識、受け入れて、自分の立ち居振る舞いをコントロールできる。

ただし、他者目線を過剰に気にしすぎるのと一歩踏み出せなくなる懸念につながります。
自分抑え込みすぎてしまって、日常が色あせてしまうような。

気にしなさすぎると、周囲との良好な人間関係は築けない。
これは高度に入り組んだ現代では、大きなリスクとなります。

こう考えると、いつも通りのつまらない結論ですが「バランス感覚」が模範解答になります。
他者配慮や社会規範を守りつつも、自分の芯となる価値観も意識する。

最近の若者は周囲の友達の中で目立つ行為を回避する傾向があると、ニュース等で見聞きします。
自分が年齢を重ねたので分かりますが、それだけで良いのかと思う点ではある。

「他人がどう思うか」だけで決めない。
嫌われることを恐れすぎない。
失敗を必要以上に恥じない。
自分の本当の気持ちにも耳を傾ける。

気にすることは大事ですが、気にしすぎることは自分の可能性を狭めてしまうのも念頭に置いておく。

緩和ケアの現場などで語られる「死ぬときに人が後悔すること」の筆頭は、「他人の期待に応える人生ではなく、もっと自分に正直に生きればよかった」の言葉が出てくるらしい。
スポットライト効果による過剰な不安や「どう思われるか」という一時的な他者評価を優先し続けた結果、本当にやりたかったことを諦めてしまい、人生の最終盤に後悔する。

とは言え、言葉にすれば簡単ですが、実際の行動にすると難しいこの相反する自己と他己。
そして最低限のルールは、自分と違う意見だからと言って相手を否定しない。

意見の相違は当たり前で、そこから調和点を探るのが大人のマナーです。

さいごに

仕事の本質を表す表現に「他者の不便や求めるものを提供して対価をいただく」があります。
自分で家を建てられないので、大工さんにお金を出して立てていただく。
社会性視点で考えるなら、納得の表現です。

この表現、自分がやりたいことが先ではなく、他者の求めるもの、他者満足が先に来ます。
自分が大工さんで、施主の意向を無視した家を建てられるわけではなく。
施主がどんな考えや趣味を持っていて、どんな生活を送りたいのかから逆算して建てる家を考える。
この時、自分らしさが出せる部分もあるかもしれませんが、それは優先度としては施主意向の後です。

自分のことは自分優位で考えられますが、社会ではそうではないケースの一例です。