一般労働者の平均勤続年数は約半世紀で5割増

スポンサーリンク
統計データ

この文章のトピックスは以下です。
・一般労働者の平均勤続年数は約半世紀で5割増
・男女とも伸び続けており、女性の方が伸び率は高い
・短時間労働者も約半世紀で約4割増
・平均帰属年数が長いのは、非正規社員より正社員、小企業より大企業
・インフラ系業界や鉄道業は勤続年数が長い
・勤続年数が長いほど賃金は高くなる

スポンサーリンク

一般労働者の平均勤続年数は49年で+51.2%

平均勤続年数 一般労働者
出典:平均勤続年数(独立行政法人 労働政策研究 研修機構)

上記は段時間労働ではない一般労働者の平均勤続年数です。
男性1976年9.5年、2024年13.9年、前後比+4.4年(146.3%)。
女性1976年5.3年、2024年10年、前後比+4.7年(188.7%)。
男女計1976年8.2年、2024年12.4年、前後比+4.2年(151.2%)。
49年で男女とも平均勤続年数は長くなり、男性よりも女性の方がより長くなっています(188.7%)。
終身雇用がなくなりつつと言われている一方、1社に勤める年数は増加しています。

 

平均勤続年数 短時間労働者
出典:平均勤続年数(独立行政法人 労働政策研究 研修機構)

上記は段時間労働者の平均勤続年数です。
短時間労働者の定義は、通常労働者よりも1日の所定労働時間が短い、または週の所定労働日数が少ない労働者を指します。
男性1976年3.1年、2024年5.1年、前後比+2.3年(174.2%)。
女性1976年5.1年、2024年6.9年、前後比+1.8年(135.3%)。
男女計1976年4.7年、2024年6.5年、前後比+1.8年(138.3%)。
短時間労働者も1つ上のグラフ一般労働者と同じく、24年で男女とも伸びています。
伸び率は一般労働者と逆で、男性が女性を上回っています。

 

大きな組織ほど勤続年数が長い

平均勤続年数 雇用形態別 2024年
出典:平均勤続年数(独立行政法人 労働政策研究 研修機構)

上記は2024年の、雇用形態別平均勤続年数です。
正社員・正職員12.8年、正社員・正職員以外10.2年。
正社員がそれ以外を大きく上回るのではなく、その差は2.6年です。

平均勤続年数 企業規模別 2024年
出典:平均勤続年数(独立行政法人 労働政策研究 研修機構)

上記は2024年の、企業規模別平均勤続年数です。
大企業13.5年、中企業12.4年、小企業11.2年。
企業規模が大きいほど、平均勤続年数は長い。

平均勤続年数 学歴別 2024年
出典:平均勤続年数(独立行政法人 労働政策研究 研修機構)

上記は2024年の、学歴別平均勤続年数です。
高校13.9年、専門学校11.5年、高専・短大13.1年、大学11.9年、大学院11.8年。
一番平均勤続年数が長いのは高校、次いで高専・短大。
一番短いのは専門学校です。

平均勤続年数 産業別 2024年
出典:平均勤続年数(独立行政法人 労働政策研究 研修機構)

上記は2024年の、産業別平均勤続年数です。
1位は電気,ガス,熱供給,水道業18.2年で、インフラ系は勤続年数が長い。
次いで製造業14.9年、鉱業,採石業14.1年と、一般的に納得の順位です。
最下位の情報通信業11.9年で、これも転職者が多そうなイメージの業界です。

勤続年数が長いほど賃金は高くなる

平均勤続年数 企業規模別 賃金 2024年
出典:平均勤続年数(独立行政法人 労働政策研究 研修機構)

上記は2024年企業規模別、平均勤続年数の賃金です。
一番大きな傾向は、勤続年数が長いほど賃金が上がっている。
他に企業規模が大きいほど賃金は高く、また平均勤続年数の長期化とともにその伸び率も高くなっている。
一般的によく言われる、大企業で平均勤続年数が長いほど賃金は高くなっています。

 

平均勤続年数 外国人労働者の在留資格区分 2024年
出典:平均勤続年数(独立行政法人 労働政策研究 研修機構)

上記は2024年外国人労働者の在留資格区分別の平均勤続年数です。
外国人労働者計は3.3年、これが長いのか短いのか判断できません。
専門的・技術的分野(特定技能を除く)は3.3年この中では長く、技能実習は1.7年と短い。

薄いコーヒー(物語)

朝、僕は同じマグカップでコーヒーを飲む。
もう十年以上前、どこかの出張先のビジネスホテルでもらった安っぽいカップだ。
白地に青い線が一本だけ引いてあるシンプルなマグカップで、カップの裏にはメーカー名も書かれていない。
なぜそれを今でも使っているのか、僕自身もよく分からない。
習慣や惰性といえばその通りである。
ただ、気がつくとそれを手に取っている。

社会人になって、それなりに走り続けてきたてきた。
ある時「仕事人間」の単語が耳に入り、そのネガティブな含みに自分を重ね合わせてしまった。
これといって傾倒する趣味もなく、それまインスタントコーヒーを飲んでいたが、豆を挽くコーヒーくらいならできそうと思い、それ以降朝、コーヒー豆を挽く習慣となった。
手動で挽くほどのエネルギーはなく電動ミルで豆を挽くのだが、味はインスタントコーヒーとは全く違った。
深みというか余韻が素晴らしく、それ以降、いろいろなコーヒー豆を試して楽しんでいる。

僕の入れるコーヒーは少しだけ薄い。
濃い目のコーヒーよりも薄味が好きで、規定量よりも挽く豆の量を少なくしている。
そこに昨今のコーヒー豆高騰がかかわっているのも一応はある。

窓の外には、同じ形のマンションが並んでいる。
僕はその景色を眺めながら、ふと自分の「勤続年数」について考える。

勤続年数。
それは妙な言葉だ。
なにかを続けてきた年数のはずなのに、なぜかそれは「自分が何をしてきたのか」よりも、「どこにいたのか」を測る言葉だ。

僕は四十二歳だ。
これまでに四回転職している。

大学を出て最初に入った会社は、社員百人ほどのIT会社だった。
そこではよく働いた。
当時住んでいたワンルームマンションは会社から歩いていける距離で、深夜まで残業したし成果もそれなりに出した。
二十代の僕は、わりと野心的だった。

野心といっても、起業して上場するような勇気を持ち合わせてはいない。
もっと控えめな野心、評価されたいとか、それなりに成功したい。
ただ、それがあまりにも抽象的でかつゴールもなく、それが実現するものではないともうすうす感じていた。
「何者かになりたい」と考える、若者独特のはやり病といえば近いかもしれない。

三十歳のとき、僕は転職した。
理由はシンプルで、給与が上がるからだ。

それから数年おきに、同じような理由で会社を変えた。
業界変更はせず仕事の内容は、だいたい同じだった。
会社が変わるたびに、名刺のロゴが変わり、会議室の椅子の色が変わり、勤怠システムのUIが変わった。
それ以外は、ほとんど変わらなかった。

四十歳の誕生日の少し前、僕はふと立ち止まった。
きっかけは、エチオピアのコーヒー豆を挽いて飲んだことからだ。
エチオピアはコーヒー発祥の地で「モカ」が有名だが、政情不安により供給懸念がたびたびに指摘されている。
そんなエチオピアコーヒーを飲んで、そうした背景を知ったとき自分が平和な環境で夢想できていることに気づいた。
ありもしない現実を追いかられるのもよいが、それでに目の前がおろそかになっていないか。

ある夜、オフィスの窓に映った自分の姿を見た。
蛍光灯の下で、スーツの肩が少しだけ疲れて見えた。
その瞬間、僕は思った。
「このペースであと二十年以上働くのか?」

答えは、すぐには出なかった。
僕は仕事が嫌いではない。
むしろ、そこそこ得意だった。
問題を整理して、関係者をまとめて、期限までに形にする。
そういうことを、僕は長いことやってきた。
そして、それはそれなりに評価もされてきた。

でももし誰かに「この仕事が好きですか?」聞かれたら、僕はたぶんこう答える。
「まぁ、それなりですね」

ある日、僕は息子の古いサッカーのスパイクを見つけた。
玄関の奥の棚に、片方だけ残っていた。
息子はもう高校生で、サッカーはやめている。
そのスパイクは小さかった。
信じられないくらい小さかった。

僕はしばらくそれを手に持っていた。
息子のことはほとんど妻がやっており、息子がそのサッカースパイクで試合に出た時の送り迎えもそう。
仕事とプライベート、仕事と家庭、これらを比較するなら僕は仕事に大半の時間を費やしていた。
それを後ろ暗く感じており、家族には強く言えない現状がある。
フラットにみて、僕は家庭人としては失格の烙印が押されるだろう。

仕事は忙しかった。
それは本当だ。
でもその忙しさが、どれくらい必要だったのかは、今となってはよく分からない。

リビングでは、妻がテレビを見ている。
二人は普通に会話をする。
天気の話とか、スーパーの特売とか。
ただ最近、二人で腹を抱えて笑うことはない。
結婚当初は、二人でいろいろなところに車で出かけた。
二人ともドライブが好きで、遠くに行くことが好きで、それなりの小さなトラブルを笑って乗り越えてきた。

四十歳のとき、僕はまた転職した。
今度は、大きな会社だった。
誰もが名前を知っている会社だ。

いままでの転職で、いくつかの会社を見てきて、違う点と変わらないところがわかるようになった。
その中で、自分の強みとする特質も、やっと自信をもって言語化できるくらいにはなった。
今回の転職が最後にしたいと僕は考えている。
気分転換のような転職はもう必要はなく、自分が後進に何かを伝えたいと思うようになったのはある。
一社に長く務めることが正義だとは思っていない。
それでも、この会社で残りの社会人人生が終えられるよう、目の前の課題にしっかり向き合っていこう。
残りの20数年の時間イコール、自分史上、最長の勤続年数になるように。

新たな組織は、今どきの大企業らしく残業がほとんどない。
一定時間以上の残業をするには上長許可が入り、人事からもプレッシャーが入るらしい。
よって僕は毎日、だいたい定時で帰っている。
最初の数週間、僕はそれが少し落ち着かなかった。
まだ外が明るい時間に帰ると、どこかでサボっているような気分になる。

ある日、僕は帰り道に小さな公園に入った。
ベンチに座り、コンビニで買ったカップのコーヒーを飲んだ。
今どきのコンビニのコーヒーらしく、値段にしてはクオリティがそこそこだが、深い味わいは今一歩だ。
ふと目線を上げると、誰も乗っていないのに風でブランコが少しだけ揺れていた。

そのとき僕は思った。
人生はたぶん、「加速するゲーム」ではないのだ。
どこかまでは成長する努力があったほうが楽しいが、誰しもどこかで「降りるタイミングを見つけるゲーム」ではないか。

三十代までなら、出世レースに参加することもできた。
頑張れば取締役にもなれたかもしれない。
でも四十を過ぎるとそれが特例だと分かるし、大企業への途中参加者には参加権はなかなか与えられない。

自分がどの列車に乗っていて、どの駅にはもう止まらないのか。
不思議なことに、いま僕はそれをそれほど悲しとは思わない。
無風の天候の時、誰もいない早朝に透き通った大きな湖に訪れるような静かな感覚。

僕は最近、釣りを始めた。
まだ一匹も釣れていない。
それでもいいと思っている。
川の流れを見ていると、時間は必ずしも「生産性」のためにあるわけじゃない気がする。

朝、僕はまたあのマグカップでコーヒーを飲む。
白地に青い線が一本で、その線は少しだけ曲がっている。
人生もたぶん、あの線みたいなものだ。
まっすぐ進んでいるようで、少し曲がっている。
若いころは、それを「失敗」と呼び、四十を過ぎるとそれを「経路」と呼ぶようになる。

相変わらず薄い。
でも、それでちょうどいい気がした。

さいごに

僕は過去に何度か転職しています。
最初の転職で一番感じたのは、自分が所属している会社やその周辺環境は標準ではない点。
何十年も生き残っている企業と、若い企業だと特にその差を感じます。
どちらにもメリデメはありますが、自分の子どもには1社のみしか知らない人ではあってほしくない。
狭い世界の常識は、そこ以外では非常識なのはあるあるです。

とは言え勤続年数が長いのがプラスに働く業界もある。
僕は最近YouTUBEで包丁職人の動画が好きで見ています。
鉄の素材を何層にも重ねて、美しい包丁ができ上がる。

この職種は長年継続して一人前。
自分が一般的な職種なので、隣の芝ですが包丁職人がカッコ良いと思っています。