送別会開催割合は約半数、自分の送別会を開いてほしくない人も約半数

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統計データ

この文章のトピックスは以下です。
・2025年の送別会開催割合は52.8%
・送別会参加意欲は約2/3
・送別会に参加したい理由1位は「区切りとして見送りたい」
・送別会に参加したくない理由1位は「金銭的な負担が気になる」
・自身の送別会開催してほしいか回答は「はい」と「いいえ」がほぼ半々
・送別会を開いてほしくない理由1位は「気を使わせてしまうのが嫌」
・理想的な自身の送別形式1位は「仲の良い人少人数で実施」

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送別会開催割合は半数強

勤務先で送別会が開催されたか
出典:2026年 送別会意識調査(Job総研)

上記は勤務先で送別会が開催されたかです。
2021年前後はコロナウイルス禍で開催割合が減っています。
その後2023年以降上昇しており、このデータ内では最新年の2025年が最も送別会が開催されています。
その値は52.8%と約半数ですが、言い換えると約半数は送別会が開催されていません。

送別会参加意欲
出典:2026年 送別会意識調査(Job総研)

上記は送別会参加意欲です。
全体では参加したいが65.0%で約2/3の人たちにとって送別会参加意欲があります。
年代別にみると参加したい割合が一番高いのは20代。
個を大切にするといわれる若い世代なら参加意欲が低く出そうですが、結果は逆。
最も参加意欲が低いのは30代で、子育て等で忙しく時間がない人がいるとうかがえます。

送別会賛同者は人との関係性を重視する人が多い

送別会に参加したい理由
出典:2026年 送別会意識調査(Job総研)

上記は送別会に参加したいと答えた人の中で、参加したい理由です。
1位「区切りとして見送りたい」59.0%、2位「直接感謝を伝えたい」45.8%は、個対個の関係性を感じます。
5位「社会人としてのマナー・習慣だから」27.1%は、積極的参加とは言えない可能性を感じます。
7位「普段話せない人と交流できる機会」21.5%は、送別会とは無関係です。

送別会文化に賛成する理由
出典:2026年 送別会意識調査(Job総研)

上記は送別会文化に賛成する理由です。
大きくは感情面にポジティブと捉えられる理由が並んでいます。
これらの回答者は周囲のメンバーや会社との関係が良好な人たちといえそうです。

送別会非賛同者は強制や形骸化を気にしている

送別会に参加したくない理由
出典:2026年 送別会意識調査(Job総研)

上記は送別会に参加したくない理由です。
1位「金銭的な負担が気になる」50.4%で、2026年のご時世を表しています。
2位「プライベートを優先したい」48.9%も、個人主義の結果です。
3位「業務時間外の拘束と感じる」42.2%も、オンとオフを切り替える人といえます。

送別会文化に反対する理由
出典:2026年 送別会意識調査(Job総研)

上記は送別会文化に反対する理由です。
1位「参加が半強制になりやすい」46.4%で、個人の意思尊重が前提にあるべきと考えている人たちといえます。
2位「本音と建前が乖離しやすい」33.6%は素直な意見で、送り出す人との関係値が低かったり、早く出て行ってほしい人の場合をイメージできます。
他、多様性や内向性など、儀礼的・義務的なことは避けたい思想が見て取れます。

 

自身の送別会を開いてほしい人は半数弱

送別会を開いてもらいたいか
出典:送別会って必要? 男女ともに半数以上がいらないと回答!もらってうれしかった、うれしくなかったプレゼントランキングも【男女1174人に調査】(PR TIMES)

上記は自分が退職するとき送別会を開いてもらいたいかです。
全体、男性、女性いずれも大差はなく、ほぼ半々でわずかに開いてもらいたくない人が優位。
送別会参加意欲は約2/3でしたが、自身の送別会開催は約5割となっています。

送別会を開いてほしくない理由
出典:2026年 送別会意識調査(Job総研)

上記は送別会を開いてほしくない理由です。
1位「気を使わせてしまうのが嫌」51.0%で約半数の人が、自分のことで人の時間を取りたくないと答えています。
2位「静かに区切りをつけたい」43.2%、3位「目立つことが苦手」41.3%と、このあたりはシャイというべきかそれとも1位の理由と同じく、自分のことで相手に負担をかけたくない人たちなのか。

理想的な自身の送別形式
出典:2026年 送別会意識調査(Job総研)

上記は理想的な自身の送別形式です。
1位「仲の良い人少人数で実施」45.3%で、関係性が低い人に気を遣わず、心をある程度許しる人達で会を催したい考えです。
2位「勤務時間内の簡単な会」29.8%、3位「ランチ形式」26.2%で、このあたりコロナ禍で飲み会が減ったのと同様、夜の会合を避けるような時代になっています。

(物語)退職して変わるものと変わらないもの

退職届を出した翌朝も、秀則はいつもと同じ時間に目を覚ました。
目覚ましが鳴る少し前だった。
カーテンの隙間から入ってくる光を見ながら、あと何回、この時間に起きるのだろうと思った。
別に、感傷的になったわけではない。
退職を決めてから、そう何度か考えるようになった。

あと何回、この駅を使うのか。
あと何回、この道を歩くのか。
あと何回、会社の入口のセキュリティゲートで社員証をかざすのか。

数えてみようと思ったが、途中でやめた。
数えたところで、何かが変わるわけではない。
十五年間も同じ会社にいると、生活の中には会社に関係するものがあまりにも多く入り込んでいる。

朝起きる時間。
電車に乗る時間。
昼飯を食べる店。
コンビニで買うコーヒー。
金曜日の夜に何となく見るニュース。
日曜日の夕方になると少しだけ重くなる気分。
そういうものまで、会社と切り離して考えるのが難しくなっていた。

秀則は三十八歳になった。
新卒で入社して、十五年。
同期の中には、会社を辞めた者もいる。
独立した者もいる。
管理職になった者もいる。
会社に残っている者の中にも、秀則よりずっと出世している人間もいた。
それを羨ましいと思ったことがない、と言えば嘘になる。
ただ、会社に対して「悔しい」という感情はあまりなかった。
むしろ、最近よく感じるのはわからなさだった。

自分は何をしているのだろう。
何のために、ここにいるのだろう。
昔はもっと単純だった。
仕事を覚える。
任された仕事を終わらせる。
評価される。
給料をもらう。
少しずつ責任が増える。
それでよかった。

会社が決めたことには、とりあえず従った。
納得できないことがあっても、「会社なんだから仕方ない」と思えた。
ところが、ある時期からその「仕方ない」が増えすぎた。

会社の方針が変わった。
経営陣が変わった。
評価制度が変わった。
仕事の進め方も変わった。
それ自体は珍しくはない。
会社が変わっていくのは当然だ。
問題は、その変化の方向だった。
秀則には、少しずつ納得できなくなっていた。
以前なら「お客様ファーストでやろう」だった方針が、AI導入により「ある程度の精度が保たれるのであればサービスレベルダウンは許容で、全体方針は人員削減を目指す」という話になった。
以前は新入社員を含む採用人員を育てる風潮があったが、いまは採用抑制方針で、黒字リストラの象徴である追い出し部屋まで作られた。

数字は確かに伸びた。
だれかが間違っているわけではない。
だから余計に、秀則は何も言えなかった。
自分だけが古いのかもしれない。
自分だけが変化についていけていないのかもしれない。
そう思った。

会社が悪いとは言えない。
世界をみても先進国は特にドライに成果を求めるのが当たり前で、株主を見て仕事をするなら正しいと言える。
ただ、それによって周囲のメンバーの余裕が削られ、辞めていく人が出て、その補充人員はいない。
現場では未来に対し。希望が消えている状態と言える。
そんな会社方針に対し、同じ方向を向いて仕事をするのが難しくなった。

それだけなのに、退職を決めるまでに二年近くかかった。
妻に話したときも、秀則は長く説明しなかった。
「会社、辞めようと思う」
「転職するの?」
「うん。もう決まった」
「そう」

妻はそれ以上、何も聞かなかった。
何も聞かれなかったのについてそっと胸をなでおろすとともに、そういう人であって良かったとも思っている。
秀則は少し救われた気分でもあった。
だれかに「なぜ辞めるのか」と聞かれるたび、説明しなければならない気がしていた。
でも、本当のところは説明できない。
会社がどうしようもなく嫌いになったわけではない。
一般的な辞職理由の1位である、「人間関係」で致命的な何かを抱えたわけでもない。
給料は同年代の平均給与に比べて何割か高い。
もっと条件のいい会社に行きたいという欲望はあまりない。
ただ、自分の中にあった仕事の基準と、会社が向かおうとしている方向との間に、少しずつ隙間ができた。
その隙間を埋めようとしているうちに、気がつけば自分のほうが疲れていた。

だから辞める。
それ以上でも、それ以下でもない。
退職を発表した日、同じ部の人たちは思った以上に普通だった。
「え、秀則さん辞めるんですか?」
「はい」
「次どこです?」
「〇〇系の会社です」
「へえ。じゃあ、今より忙しくなるんじゃないですか?」
「どうでしょうね」

そんな会話が続いた。
もっと何かあると思っていた。
いまどきはほとんど聞かなくなったが驚かれるとか、引き止められるとか。
でも、実際にはそうでもなかった。
人は、思っているほど他人に興味がない。
それは冷たいのではなく、過去、会社を去って行った人を送り出したときの自分を振り返ってみてもそうだ。
みんな自分の仕事と生活で精いっぱいなのだ。
秀則だって同じだった。
それでいい。
そう思っていた。

そんな秀則にとって、一番困ったのが送別会だった。
「秀則さん、送別会やりましょう」
部の同僚からそう言われたとき、秀則は一瞬だけ返事に困った。
「いや、そこまでしなくても……」
「何言ってるんですか。十五年ですよ」
「でも、みんな忙しいでしょう」
「もう日程も考えてます」

断る理由を探しているうちに、話はどんどん進んでいった。
店が決まった。
日程が決まった。
参加者も決まった。
秀則は結局「ありがとうございます」と言った。
その言葉を口にした自分に、少し嫌気が差した。

違う。

ありがとうと言いたいわけではない。
送別会をやってほしいわけではない。
できれば、そっとしておいてほしい。

退職する人間に対して、最後くらいは何かしてあげよう。
そういう気持ちは分かる。
分かるから断れない。
断れば、相手の好意を否定することになる。
それが嫌だった。
だから参加する。
参加して笑う。
楽しかったと言う。
そして帰る。
おそらく、それが一番丸い。
会社員生活を十五年もやっていると、そういう「丸く収める方法」ばかり上手くなる。
送別会の前日、秀則はそう考えながら眠った。

当日。
店に着くと、すでに何人か集まっていた。
「秀則さん、お疲れさまです!」
「今日は主役ですから」

主役。

その言葉が、妙に居心地が悪かった。
秀則は昔から、主役になるのが苦手だった。
仕事でもそうだった。
自分が評価されるより、仕事がうまく進んでいるほうがいい。
会議で自分の意見が採用されるより、だれかの意見であっても納得できる結論になればいい。
そんなふうに考えてきた。
だから、自分を中心に人が集まっているのが落ち着かなかった。

乾杯が終わった。
料理が運ばれてきた。
だれかが昔の話を始めた。
「そういえば秀則さん、入社三年目のとき……」
「あったね、そんなこと」
「覚えてるんですか?」
「覚えてるよ」

みんな笑った。
秀則も笑った。
笑いながら、記憶の中の自分を見ていた。
二十五歳だった自分。
何も知らなかった。
仕事ができるようになれば、会社で認めてもらえると思っていた。
努力すれば報われると思っていた。
上司の言葉を素直に聞いて、遅くまで残って仕事をして、それでも翌朝は普通に出社した。
あの頃の自分に、今の自分を見せたらどう思うだろう。
会社を辞めると言ったら、驚くだろうか。
それとも「やっと辞めるの?」と言うだろうか。

秀則はグラスを傾けた。
十五年間という時間は、長かった。
長かったはずなのに、こうして振り返るとあまりにも早い。
入社式の日を思い出せる。
最初の配属先も覚えている。
初めて大きな仕事を任された日も覚えている。
怒られた。
褒められた。
帰りの電車で一人になってから、悔しくて泣きそうになった。
逆にだれにも言わなかったけれど、仕事がうまくいって嬉しかった夜。
そういうものが全部、この会社の中にある。

会社が好きだったのかもしれないとは思ったが違う。
会社が好きだったというより、この会社にいた頃の自分を嫌いではなかったのだと思う。
その違いに秀則は最近気づいた。

「秀則さん、最後に一言お願いします」
会が開始して2時間ほど経過したとき、声をかけられた。
秀則は立ち上がった。
みんながこちらを見る。

送別会の主役は自分で、当然一言を求められるのは想定内。
ここ2週回ほど、ぼんやり考えて推敲した文章を記憶の中から取り出す。
AIに送別会の主役の言葉を聞いたら、ありきたりの言葉が並んでいた。
秀則は読書が好きで、ゆえに人より言葉にこだわりがある。
やはり自分の言葉で話そうと、何度か書き直した言葉だ。

なるべく手短に。
参加してくれたメンバーにかかわる具体的エピソードを、少し皮肉を込めて話す。
最後にはやはり外せない定型句。
いろいろな経験をさせてもらったこと。
これまでお世話になったこと。

嘘ではない。
全部、本当だった。
でも、自分の本心を全部言ったわけでもなかった。
会社の方針に違和感があった。
それが退職を決めた理由の一つだった。
自分の中で何かが終わったように感じていた。
そんなことは言わなかった。
言う必要もないと思った。

最後に「十五年間、ありがとうございました」と言って頭を下げた。
拍手が起こった。
その拍手を聞きながら、秀則は妙な気持ちになった。
こんなものでいいのだろうか。
いや。
多分、こんなものなのだ。
自分にとっては人生の大きな節目だが、それは自分の感傷であり、終わるときは意外とあっけない。
入社した日は、これから始まるという期待があった。
退職する日は、これから終わるものがない。
ただ、次の日から行かなくなるだけだ。
それだけだ。

会が終わり、店の前で何人かが秀則を囲んだ。
「元気で」
「またどこかで会いましょう」
「たまには連絡してくださいよ」
「はい」
秀則は笑って答えた。
多分、連絡はしない。
定型句であり社交辞令、大人なマナーだ。

駅へ向かいながら、秀則は考えた。
送別会は必要だったのだろうか。
自分は望んでいなかった。
なくても何も困らなかった。
明日からの生活に、何の影響もない。
そう考えると、意味はない。
でも、意味がないから無駄なのかというと、そうとも言い切れない。
古い習慣。
形だけの儀式。

本人が望んでいるかどうかもわからないのに、だれかが辞めると必ず行われる送別会。
そういうものを、秀則はこれまで少し馬鹿にしていたのかもしれない。
仕事では、何かをするなら目的を説明できなければならないと思っていた。
会議なら目的。
資料なら結論。
プロジェクトなら成果。
費用をかけるなら効果。
何のためにやるのか。
何が変わるのか。
それを説明できないものは、無駄だと思っていた。
けれど、人間の行為の中には、最初から明確な意味などないものもある。
毎年同じ日に集まる。
誕生日を祝う。
久しぶりの人に「元気だった?」と聞く。
辞める人間に「お疲れさま」と言う。

なくても困らない。
やらなくても仕事は回る。
それでも、人はそういうことをする。
秀則には、その理由が少しだけわかったような気がした。

意味があるからやるのではない。
参加者のたった一人であったとしても、意味があるかもしれないからやる。
そんな曖昧なものの中で、人はだれかとの時間をつないでいる。

数日後、秀則は仲の良い同僚数人と飲みに行った。
こちらの会は、秀則自身が楽しみにしていた。
五人だけだった。
昔から付き合いのあるメンバーだった。
会社を辞めても連絡を取り合うだろうと思える人たち。
仕事の話もした。
家族の話もした。
会社への愚痴も言った。
だれかが「秀則がいなくなると、ちょっと困るな」と言った。
「仕事が?」
「いや、人として」

秀則は何も言わなかった。
少しだけ嬉しかった。
でも「ありがとう」とも言わなかった。
言ってしまうと、何かが大げさになる気がした。
ただ「そうか」と言った。
それで十分だった。

帰り道、一人になってから秀則は思った。
会社を辞める。
それは、会社との関係が終わるというだけだ。
でも、人との関係まで全部終わるわけではない。
逆に言えば、会社にいる間は人との関係だと思っていたものの中に、会社という場所が作っていただけのものもたくさんある。
会社を出れば消える関係もある。
それは寂しくもあるが、仕方がない。
そして、会社を出ても残る関係もある。
その違いは、辞めるときになって初めてわかる。

秀則は、それでいいと思った。
すべてを持っていく必要はない。
十五年間を全部、思い出として大切にする必要もない。
嫌だったことは嫌だったままでいい。
納得できなかったことも、そのままでいい。
楽しかったことは、楽しかった。
助けてもらったことには感謝している。
そして、自分もだれかの役に立ったことが、きっと少しはあった。
それで十分だった。

退職日の朝。
いつものように出社した。
いつものようにパソコンを立ち上げた。
いつものようにメールを確認した。
いつも通り会社で使っている連絡ツールでは、日常が流れている。
会社は、秀則が辞めることとは関係なく動いていた。
それが少しだけ可笑しかった。

十五年間、自分はこの会社にとって重要な存在だと思っていた時期もあった。
もちろん、仕事をする以上、自分なりに責任は持っていた。
けれど、一人がいなくなっても会社は回る。
自分がいなくなった穴も、だれかが埋める。
それは寂しいことではない。
組織として健全ななのだろう。

夕方になった。
引き出しやロッカーの荷物は、すでに持ち帰っているので私物はほぼない。
ノートパソコンを閉じて、指定された返却先に社員証とともに返した。

会社を出る。
最後に直属の上司が「お疲れさまでした」と言った。
秀則も、
「お疲れさまでした」
と返した。
それだけだった。
外に出ると、思ったより風があった。
秀則は駅まで歩いた。

送別会で言われた言葉を思い出した。
花束。
拍手。
十五年間ありがとう、という言葉。
どれも、自分には少し大げさだった。
でも、今になって思えば、悪くなかった。
意味があったかどうかは、まだわからない。
多分、これからもわからない。

意味のあることだけを選んで生きていくなんて、できないのだろう。
人は、意味があるのかないのかわからないことをしながら生きている。
その中に、大半は残らないがあとから意味が残るものもある。
それでいい。

駅のホームに立った。
いつもの電車が来た。
秀則は乗り込んだ。
窓の外を見ながら、十五年間を振り返った。
辞めると決めたときは、もっと大きな何かが起きると思っていた。
自由になる。
人生が変わる。
新しい自分になる。
そんなことを少し期待していた。
けれど、実際には何も起きなかった。

会社を出ただけだ。
明日から別の会社へ行く。
また新しい人間関係をつくり、仕事を覚え、失敗し、怒られ、少しずつ慣れていく。
多分、同じような日々が続いていく。
それでいい。

秀則は窓に映った自分の顔を見た。
少し疲れていた。
十五年分の疲れなのかもしれない。
でも、どこかすっきりしていた。
会社を辞めるのは、過去を否定するのではない。
十五年間が間違いだったということでもない。
ただ、自分がこれからも同じ場所にいる必要はなくなった。
それだけだった。

電車が走り出す。
秀則はわずかに後ろ髪を引かれる気持ちを、考えないようにした。

さいごに

いま僕の周辺で退職者の方がいると、高確率でネット上で書き込める寄せ書きが回ってきます。

いつも悩ましいのは、関係値が低い方への一言コメントを書くか、書くならどんな内容にするのか。
数年前に1度、一緒のプロジェクトになった人などが典型で、当然書く内容はその時の話にしかならず。

材料が少ないものを、定型句を交え膨らます。
冷蔵庫にある材料で、それなりの夕食を作り出すのと少し近いと思っています。