パパ同士の距離感、相手のふところに飛び込む必要性

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育児・子供観察

子連れパパ同士が同じ場所にいても、僕は話をすることはほぼありません。
これは世の中のパパの大半がそうだと思っており、「パパはシャイだから」という言葉は綺麗にまとめすぎですが、単に何をしゃべって良いか分からない、というのが本音のような気がします。
それでも相手との距離をうまくとる姿を、自分の子どもに見せられたら、とも思っています。

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知らないパパ同士が継続的に話しているシーンを見たことがない

公園や児童館などで、知らない子連れパパ同士がいたとしても、僕は継続して話している姿を見たことがありません。
たいていは、自分の子どもと一緒に遊んでいるか、スマホを見ているか。
時に一言二言話すことはあっても、継続しない。
僕もその一人です。

ではなぜ、話さないのか。
個人的には共通の話題を探すこと自体、面倒くさいと感じています。
ですが、この姿を見た子どもが、だれかと話さなくてよいのだ、と思われるのも良くないと思っています。
この点では、世の中のママ同士のあっという間に溶け込む姿は、1つの手本だとだと感じます。

知らない子どもにオッサンの自分に絡むのも難しい

公園でオッサンである自分と、自分の子どもと追いかけっこをしているとします。
それを見ていた知らない子どもが、混ざりたそうな視線を投げかけてくる。
だいたい最初は、遠目で見ているのが子ども。
そしてどこかのタイミングで、スッと間に入ってくる。
こういうシーンも、僕は悩ましいと思っています。

考えすぎなのですが、オッサンが見ず知らずの子どもと接してよいのか。
杞憂なのですが、怪しい人として通報されないか、と考えると踏み込めない。
僕が実践しているのが、一緒に遊んでいる体で、少し距離感を置いておく。

こういう状況でもママは知らない子どもと、いつの間にか一緒に遊んでいます。
パパという生物、少なくとも僕は、いつもなんだかなぁと中途半端です。

知らないママと自分の子どもはすぐに距離が縮まる

また違うシーンですが、近くの図書館などでの一コマ。
知らない子連れママさんがこちらに手を振っている。
さすがに僕に手を振っていると思うほど若くはなく、周りを見るとわが家の子どもが照れ臭そうにしている。
なるほど、そのママさんとわが家の子どもは、知り合いなのだと気づきます。

こういう場面でもたいていのママは躊躇なく、こちらに近づいてきて話をしてきます。
知らないママはご自身の子どもに「パパさんですねー」と説明しています。
僕は「どうも、こんにちは」くらいしか、発言できていない。

ここで「妻と子どもがいつもお世話になっています」というのが、良いのか。
これも硬すぎな気もします。
こうして悩んでモヤっとして、別れ際に子どもをだしにして「バイバイだねー」と言うのが精いっぱい。

こうしたシーンで、どういう言動が良いのか。

自分が子どもだったとしたら

自分が子どもだったとして、パパと一緒に外出している状況。
その時、自分の父親が知らない人とどう接していたら、良いと感じるか。

僕の回答は、不自然な明るさではなく、一定以上の明るい声であいさつしたり、雑談したりする。
それも長話ではなく、サッと切り上げる。

パパ「どーも、こんにちは。今日は良い天気ですねー」
知らないママ「こんにちは、今日は○○なんですね」
パパ「そうなんですよ、そちらも○○のようですね」
知らないママ「これから△△に行くんです」
パパ「それは楽しそうですね、では失礼します(相手の子どもに)バイバイ」
知らないママ「はい、失礼します(わが家の子どもに)バイバーイ」

こんなところが僕が考える、最適解のような気もします。

パーソナルスペースでみても女性の方が近い

他人との距離感について有名な「プロクセミックス理論(proxemics 近接学)」があります。
人類学者のエドワード・T・ホールが提唱した、人間が心地よいと感じる相手との距離感。
これを持ち出しても女性の方が、親しい人に近づく傾向があります。

分類説明プロクセミックス理論日本人男性日本人女性
密接距離家族や恋人などの密接な関係の人45cm以内60cm58cm
固体距離友人や親せきなど近い関係の45cm~120cm72c69cm
社会距離仕事の同僚などの関係者120cm~360cm89cm107cm
公共距離他人360cm以上108cm118cm

子どもの社交性を高めることを目標としたとき、親がどうすると良いのか。
実践している姿を見せるのが、一番効果的のような気もします。
「そうすれば良いんだー」という気づき。
子どもは親の行動をよく見ています。

手本としては、パパよりママの方が上だと思います。
自分を含め男性を擁護するなら、他人と接するのが苦手な一般的なパパ達が、どうやってやっているかも、参考になるのかもしれません。

この先、多様な人種と良い関係を築く必要性が、いまよりも高まると僕は考えています。
相手が不快にならないタイミングで、スッと相手との距離を縮める。
これは机上ではなく、たくさんの実践(失敗経験)から、体得するものだとも思います。

わが家の子どもには、好き嫌いや向き不向きは別として、相手の気持ちを察して一定の距離感の取れるようになってほしいと思っています。

さいごに

やや逸れますが、他人との距離感について、僕は忘れられない旅の思い出があります。
2013年、沖縄の西表島での出来事です。

僕と僕の奥様は夏休みに、レンタカーを借りて、島を移動していました。
その日は残暑の暑い日、沖縄ならではの強烈な太陽をあびるような気候でした。

車を走らせていると、一軒の小さな商店が目に入りました。
島ならではの、付近の住民のための、生活の基盤である小さな商店。
そこの店の前にあったアイスクリームボックスが、われわれが停車した目的です。

急ぐ理由もなく、暑いのでアイスを購入して店の前の、古びた椅子に座って食べていました。
アイスを食べ終わり、ホテルに戻ろうと思い、車に乗り込もうとしたとき、付近の住民と思われるご高齢の婦人が、われわれに声をかけてきました。

正直、島の方言が強く、何を言っているのか、半分程度しか理解できません。
なんとなく「どっちに行くのか?」と聞かれていることは、想像できました。

「あっち方面に行きます」と答えると、「なら、道中なので乗っけってって」といって、われわれが借りているレンタカーに乗り込んできました。

知らない人の車に、了解もなく「ちょっと乗っけてって」と言えるか。
この時は急いでもいないし、同乗者が1人増えても無問題なので、目的地までご婦人を乗せていきました。
これは、東京ではまず経験できない、新鮮な体験でした。

これが相手との距離感を詰める技術だとは思っていません。
それでも、こういう人を見ると、自分が自分で作った何かに縛られていると思ってしまいます。