もし電車内で他人の赤ちゃんが泣いたとして、どういう対応が良いのか

育児・子供観察
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「電車内ベビーカー問題」は、いまでも話題になります。
裏を返せば、まだ大多数が電車内の子どもを日常と受け入れていないと言う事。
世界と比べて日本の社会の「子どもに対する寛大さ」はどうなのか。
個人的には、速度は遅いもしれませんが、受け入れ方向に向かっていると感じています。

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子どもがいるとレストランに行くのに気を遣う

ある飲み会の席で、隣に座った小さな子どもを持つパパさんと話していた時の事。

その方は、もともとは食べ歩きが好きで、子どもができる前はいろいろなお店に食べ歩きをされていた方です。
いまは、小さな子どもがいるので、外食と言えばショッピングモールのフードコートかファミレス。
子どもがもう少し落ち着いて食べられるようになったら、以前よくいっていた焼き肉屋に行きたい、と話してくれました。
「あー、あのお肉、食べたいなぁ」という、ため息とともに。

僕も実体験として子どもが小さいときは、外食はある程度制限されると考えていました。
制限と言っても、明確に子ども入店禁止と書いてある店以外は、自分が勝手に決めたルール。
それでも、子どもが騒いだ時にどれくらい許容されるか、周りに子どもがいる店かなど、判断点はいつもありました。

先ほどの飲み会で僕と話したパパさんとの会話に戻りますが、外食以外に子どもと社会についての話題にスライドしていきました。
なんだかんだ言って、社会はわずかずつですが、子どもを受け入れつつある風潮なのでは、という体感値の一致。
全員が「子どもウェルカム」ではないのは当たり前ですが、子どもが騒ぐのを見て腹立たしく思ってもそれを表に出すのは時代錯誤、という雰囲気も含めです。

では世界的に見て、日本は「子どもに対する寛大さ」はどうなのでしょうか。

世界的に見ると日本の社会の子どもに対する寛大さは真ん中くらい

オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステード博士の国民文化研究を元にした、6つの軸での各国の文化比較情報が以下です。
僕が見たかったのは図の点線部分「社会の子どもに対する寛容さ」です。


出典:Country comparison(hofstede-insights)

この4か国の中で「社会の子どもに対する寛大さ」が一番良いのがスウェーデン。
北欧の国で、国民の幸福度ランキングで常に上位になる国らしい結果だと思います。

2位がアメリカですが、アメリカは上下格差も大きいので何とも言えない気もします。
4位が中国ですが、国家体制も含め、なんとなくまだ抑圧されている感じは納得できます。

日本は3位。
スウェーデンやアメリカと中国の中間くらい。
体感的にも、そうなのだろうな、と思います。
昭和以前の子ども不寛容な時代から1歩抜け出したが、北欧国などにくらべるとまだまたというレベル。

一応ですが、子どもを社会が受け入れるのが正しいのか?という疑問を立てることはできます。
僕は子どもは未来であり、多様性がある社会の方が人々が幸福かつ進歩という研究結果からも、これは正しいと思っています。

個人的に少し前に経験した、電車内での以下の出来事も、日本が変わってきたと思う理由の1つです。

電車内で泣いた赤ちゃんを周りの大人みんながあやした

ある時の、夕方の通勤時間帯の電車内でのことです。
その電車は東京のある地下鉄で、平日の夕方7時ころの帰宅時間帯です。
通勤ラッシュという状況ではなく、座席はすべて座っている人がいて、つり革の半分くらいが埋まっている状況でした。

僕が乗っている車両に、ある駅でベビーカーでママさんと1歳過ぎくらいの赤ちゃんが乗車してきました。
僕はその赤ちゃんとママさんがいるところから、少し離れた場所に座っていました。

しばらくは赤ちゃんも大声を出すことなく、おとなしくしていました。
その後、何らかのきっかけで、赤ちゃんが泣きだしました。
僕がその時、最初に思ったのは「ママ、大変だろうなぁ」ということ。

ママは大半がそうするように、あの手この手で赤ちゃんをあやします。
おしゃぶりを出してみたり、おもちゃを与えたり、抱っこしたり。
それでも赤ちゃんの機嫌は、直りませんでした。

見るに見かねたわけではないでしょうが、赤ちゃんのすぐそばにいた、スーツを着た男性が「いないいないばぁ」をしました。
気持ちは分かります。
子育てを経験すると、赤ちゃんを連れての電車移動の大変さがわかります。
多分その男性も、少しでも力になれれば、くらいの気持ちだったのでしょう。
それでも赤ちゃんの気分は治まりませんでした。

次に別の会社員風の女性が、赤ちゃんに「いいこですねぇー」と話しかける。
やがて波紋が広がるように、赤ちゃんの周りにいる大人のほとんどが、赤ちゃんのご機嫌取り状態になりました。

赤ちゃんのママの気持ちがどうだったか、苦笑いなのか助力に感謝しているのか難しいところ。
赤ちゃんは「知らない大人がみんなで、なんかしてるーーー!」など思っているのでしょうか。
赤ちゃん周辺の女性とオッサンたちが、一致団結して一種お祭りのような状況。

どれが効果があったのか、またはまったく違う理由なのか、やがて赤ちゃんはキャッキャ、笑いだしました。
それを見て、その一団の安堵した雰囲気。
吹き出しを付けるなら「俺たち(私たち)やってやったぜ」というようなイメージ。

これはあくまでたまたまの1例で、現代はまだ電車で子どもが泣いていて、それをみんなが受け入れる社会ではないと思っています。
それでも、この時は「なんか日本もそういう時代になったのだなぁ」としみじみ思ったというお話です。

さいごに

わが家の子どもが、あるとき僕の奥様に以下の発言をしたそうです。
「○○(自分の名前)がいるから大丈夫だよ、大丈夫」と言って肩をポンポンと叩かれたとのこと。

僕の奥様はそのころ、子育てに悩んで、少し凹んでいた時期。
わが家の子どもが、どういう意図で「大丈夫だよ」と言ったのかは、分かりません。

子どもの敏感な感受性で、親の不調を察知したというのが最初に思いついたこと。
子どもにとって、親がいなくなるという生物学的な恐怖もベースにあるかもしれません。
意図は不明ですがなんにせよ、一番身近な母親の体調を気遣っている。
「とてつもなく強力な言葉を使うのだなぁ」という感動とともに驚嘆したのが本心です。

大人になってから、他人に本心で「大丈夫だよ」とどれくらい言えただろうか。
仮に、こちらが発信したとして、受け手側にどれくらい届いているのか。

たとえまぐれ当たりだったとしても、わが家の子どもが、僕の奥様に言った「大丈夫だよ」は、とても重みがありました。
受容とか寛容とか、子どもにはいつも驚かされるとともに学びも多く、見ていて飽きません。

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