営業職はコンペや失注など、敗戦に遭遇する事が多いです。
慣れというのは怖くもあり、良くもアリで、そのうち気にならなくなります。
そして切り替えもうまくなる、気にしなくなる(鈍感)が近いかもしれません。
しかしこの素養(?)、営業に限らず人生において身に付けておいたほうが良いです。
ピンチの時のリーダーの行動
数年前にある球技の試合に参加していた時のことです。
僕はメインメンバーではなく、ゲストとしての参加。
試合は毎年行われる公式戦の1つでした。
練習試合ではなく、それなりの本気度のゲームということです。
よってチーム内はかなり気合の入ったモードでした。
しかし僕の心の中は「まぁ当然点は取りたいし勝てればよいけど」くらいの感覚。
総当たり戦の何試合目かのゲーム。
状況は、終了時間の少し前で同点。
次の得点が、勝敗を決める可能性が高い時間帯でした。
そこで相手チームが得点。
僕が参加していたチーム内に、敗戦ムードが漂い始めました。
その時にチームリーダーが発した一言。
「これからこれから!まだ逆転できるよ!」
学生時代などにチームプレーに参加していた人は、こうした状況に1度は遭遇したことがあるのではないでしょうか。
いわゆるピンチの時のリーダーの鼓舞。
僕も学生時代にはいくつかの球技を経験していました。
なので、この悪い雰囲気を覆すときの1つのセオリーということを知っています。
たとえ逆転できる見込みがなくとも、メンバーの背中を押す。
「もうダメかも」という気持ちを切り替えさせる言葉。
悪い気持ちを引きずっていてば、本来のプレーすらできません。
結果はそのゲームは負けでした。
子どもの突撃
まだ子どもが小さく、さまざまな事を試している年齢の時のお話。
ウチの子どもはその当時、足でこぐ乗り物でよく部屋の中をグルグルしていました。
こうした乗り物も最初はぎこちないと言うか、うまく乗れません。
後輪に足をぶつけたり、座る位置が前過ぎたり。
それでも、時間が経つといつの間にかうまく乗れるようになっています。
そんな乗り物に乗っていつものように遊んでいたある日。
座っている僕の背中に乗り物ごとドシンとぶつかってきました。
実際はたいした速度ではなく、手を抜いたと言うか試した程度の速度。
軽く「ドン」と大人に押された程度のエネルギーで、それほど痛くありませんでした。
ぶつかってきた直後の子どもの顔は、半分笑顔。
この時に僕が思ったのが「悪意やイタズラではなく、実験なのでは」ということでした。
「ぶつかるとどうなるのかなぁ?」という実験。
一般社会において他人に意図的にぶるかることは許されません。
そうしたルールを知ってもらうためにも、それはやってはいけないと伝えました。
「人にそうやってあたるとイタイイタイだよ、それはやっちゃダメなことなんだよ」
それを聞いた子どもは最初は「ん?いけないことなの?」的な表情。
言葉がまだうまく扱えていない年齢だったので、表情から僕が読み取った状況。
僕が伝えたいことが伝わっているか心配だったもう1度、同じ事を言いました。
2回目の話を聞いてどう感じたのか不明ですが、泣いて母親のところに走っていきました。
泣くということは、子どもの中で何らかの動きがあったということ。
それが悪いことをしたと思ったのか、父親に受け入れられないと思ったのか不明です。
母親は冷静に「何があったのー?」と子どもに聞いています。
子どもはうまく話せないので、僕が遠くから顛末を話しました。
すると母親が子どもを抱っこして、ひとこと。
「それはやっちゃダメなんだよ、パパに一緒に謝りにいこう」
2人は僕のところにきて「ゴメンナサイ」をしました。
実際は僕の奥様が僕に言葉でゴメンナサイをして、子どもは半泣きで母親にしがみついて僕を見ています。
僕は子どもを抱っこして「うん、もう大丈夫だよ。」と伝えました。
そして「あそこのミニカーで一緒に遊ぼう」といって遊びました。
子どもは僕の腕の中ですぐに泣き止み、笑顔でいつものテンションで遊んでいました。
いま、思い返してみてもいくつか良い点があったと思います。
- 状況を客観的に把握しようとすること
- 一般社会でNG行為をきちんとダメと言っている
- 父親側で問題が起こったときに、母親側の受けができている
- 母親の「一緒に謝りに行こうね」という理想的な対応
- 父親が子どもを抱っこする、そして許すこと
- ひきずらない、切り替えをする
またとイロイロなところで言われている通り「ベースに信頼を構築しておくことが重要」というのもあると思います。
叱り方もそうですが、なぜ叱るのか、どうなって欲しいのかという愛情のお話。
社会生活を送る上での基本ルールを、実験しながら経験して学ぶ。
叱り方が悪かったり間違った言葉を使ったりすることもマズイです。
つまづいたままだと、挑戦できない子になってしまう危険性もあります。
低年齢の時は切り替えが苦手が基本
公園で遊んでいて夕方になって暗くなってきた状況。
親側はそろそろ帰宅と思って子どもに「帰ろうか」というと「ヤダ」と言われる経験はだれしもあると思います。
特に幼少期の子どもが切り替えが、大人に比べうまくはないというのは当たり前でしょう。
また発達障害や自閉症の子どもは、よりこうした傾向が強いという研究結果もあります。
こうした状況ではいくつかの対策があります
- この先の予定を伝える
- さきに帰る時間などを伝えておく
- 終了の儀式をあらかじめ子どもと決めておく
- 「隊長と隊員の役割」を演じて帰宅をミッション化する
- 「競争」をうまく使って片付けや帰宅をゲーム化する
実際、僕の場合は上の対策を組み合わせて、乗り切っていました。
特に効果的だったのが、小人キャラクターを登場させてミッション化する方法。
自分の指で小人さんを演じ「一緒に片付けよう!」的なノリです。
毎回ではありませんが、子どもは楽しそうに誘いに乗ってくれていました。
さいごに
失敗を引きずって先に進めないのは、イロイロな機会損失です。
「今、ココを全力で生きる」という禅の思想からも、「切り捨て」は重要です。
また失敗しても「やり抜く力」が重要ととらえる「非認知能力」は以下のとおりです。
僕自身は、失敗しないようになるべく準備に時間をかけます。
それは大人だからであり、当たり前の行為です。
「美しい結果」は、準備や計画で大半が決まります。
子どもはまだ失敗を積み重ねる経験も必要。
失敗割合が高いのも当たり前です。
子ども時代は成功も失敗も蓄積する時期。
自分の子どもには、たくさん失敗してしっかり考えてほしいと思っています。
そして失敗した子どもを笑顔で受け入れる余裕を、いつも持ちたいと思っています。
ではでは
◆今回のまとめ◆
リーダーはピンチの時にこそ試される
低年齢の時は切り替えが苦手が基本
切り替え・切り捨ては人生の切り札の1つです