子どもに怒らないという選択

育児・子供観察
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子育てをしていて、つい子どもに怒ってしまう。
あとで考えると大したことないのに、強く言い過ぎたと思いゲンナリする。
子どもは自分とは違う、別人格。
うまく自分なりの対処法を見つけて、できれば怒る回数をへらしたいところです。

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そんなに怒ることってあります?

ある友人ご夫婦と一緒に食事をしている時に、サラリと発言した内容が以下。
「世の中、たまに怒っている人をみかけますが、そんなに怒ることってあります?
後になって冷静に考えると分かると思いますが、怒る必要があることってほぼないのでは?」

このご夫婦、二人ともこのような考え方でした。
少なくとも、外から見ていてこの発言がポーズとは思えない実績のお二人。
一緒に食事してもアクティビティでも、確かに「怒り」の雰囲気はゼロ、笑顔が多いお二人でした。

主観ですが、このお二人、容姿もとても優れていました。
学生時代、学年に1人はいた、勉強も運動も人徳もあるトップオブトップの人。
実際のところは分かりませんが、たぶん、そういう人生だったのではと勝手に想像していました。

横道にそれますが、子どもの時は妬み目線で正しく見られませんでしたが、大人になるとわかることの一つ。
頭がよく運動ができ人徳のある人はいて、天は二物以上を与えるのが世の常。
これは考えれば当たり前で、エースはいつも厳しい環境で磨かれ続けている。
できる人はどんどんできる人になっていく、という事がいまは分かります。

子どもに強く怒ってしまい自己嫌悪

子どもと過ごしていて、つい感情的に怒鳴って、後で自己嫌悪に陥る。
子育てあるあるの最右翼だと思います。

フルタイムで仕事をしている場合は、時間のなさでつい「早くしなさい」と言ってしまう。
現代では割合は減りましたが、専業主婦で特に核家族であれば、かなりの時間子どもと一緒。
腹が立つ要素は、子育てにはかなりあると思います。

怒らなくて済むなら怒りたくない。
積もり積もって爆発する。

個人的には「いたって普通」だと思っています。
親側も人間なので、本当に理不尽な状況が続けば、感情的にもなります。
できれば、怒る(自分主体、感情をぶつける)のではなく、叱る(相手主体、こどもの未来・成長を考える)ですが、つい怒鳴ってしまう。

怒っても、後で自己嫌悪していれば、分析・反省しているという意味でセーフだと思っています。
できればアフターフォローとして、あとで子どもを抱きしめるとか、夫婦どちらかのフォローがあるのが良いと思います。
怒られ続けた子どもが委縮して、後々まで影響があるということは、いまは一般常識です。

爆発する前に逃げる

では怒らないようにするには、どうするのか。
怒らないようにするのではなく、人間の性質を利用して、具体的なルール化で回避というのも1手。

例えば、1週間で30km歩くという課題が出たとします。
達成できない人はルールを決めず、週末まとめて歩けばいいや、とフワッと考えて失敗。
達成する人は具体的にルール化する、例えば帰宅時に1つ2つ前の駅で降りて毎日歩く。
ルールはできるだけ実現できそうなレベルにして無意識化で実行して目的達成、これはうまいやりかたです。

コレを子育て時の怒りに応用してみます。
「もうやってられない!」という状況になったら、トイレに1分間こもってよいルールにする。
それができれば苦労しない!というご意見も出そうですが、これも対処法も一つというお話です。

使うかどうか悩みますが究極の現実手段として、児童相談所へ電話するというのもあります。
児童相談所全国共通ダイヤルが日本にはあります。
電場番号は「189(いちはやく)」。
24時間365日いつでも電話が繋がります。
子どもを虐待するくらいならこの方法は有効でしょう。
ですが、虐待をしている人で、自分で連絡する方は少ないでしょう。

怒ってしまう背後にあるもの

怒る理由を考えてみると以下のようなものがあります。
・他人から攻撃されたとき
・自分の思い通りにならないとき
・自分の行動を阻害されたとき
・自分の利益を奪われたとき

子どもに怒ってしまう、ということに置き換えると以下。
一歩踏み込むと「不安による自己防衛」とも言えます。

・正しいと親側の思い通りに、子どもが動いてくれない不安
・ほかの子はできているのに、うちの子はできない遅れ感
・うまく子どもを導いていないと誰かから批判される不安
・子どもと主導権争いの状況になってしまい、しかも負けている感
・自分がこれだけやってあげているのにという押しつけ
・自分の時間がとれない不満

そもそも他人はコントロール不可

思い通りにならず、不安や防衛心理で腹を立てる。
そんなとき、一歩引いてみる余裕があったなら。

子どもは自分ではなく、一個の独立した生命体。
自分以外が、自分の思い通りにならないことは当たり前。
嫌な言い方ですが「他人に期待しすぎなのでは?」と言われて図星と言うのはいただけません。

子どもが社会ルールから外れるようなことは、当然、しつける必要があります。
(個人的には「しつける」という上から目線の感じが嫌いで、「一緒に考える」と思っています)
ただ、それ以外の個性や気質と呼ばれる部分まで、自分の思い通りに強制しようとしていないか。

何度も何度も何度も何度も何度も、親が嫌がることをする。
そんな場合、親側の心の余裕はないでしょうし、なんでも許すというのは綺麗事。
場合によっては子どもが増長し、社会不適合になることも心配です。
しかしできるなら、感情爆発の前に回避方法がないか考える余裕を持ちたいと僕は考えています。

さいごに

世界3大心理学の1つアドラー心理学では「原因論ではなく目的論」ということが柱の一つです。
子どもがおもちゃを片付けないから怒る(原因)のではなく、親が怒りたい(目的)から怒るという考え。

納得できないかもしれませんが、一理あります。
理由は、同じ状況だったとしても、怒る人と怒らない人がいる。

おもちゃを片付けるかどうかは、子どもの課題。
その課題をやるかやらないかは本人次第。
おもちゃを片付けなかったとして、ルールや習慣化ができず、最終的に困るのは本人。
にもかかわらず、子どもの課題に親が勝手に介入する。
こういう思想もある、というお話です。

繰り返しますが、現実的には腹を立てるだけの要素が、子育てにはたくさんあります。
子ども側の機嫌も当然あり、親が嫌がることを愛情確認として、あえてやることもあります。
「魔の2歳児・悪魔の3歳児」が全員に当てはまるとは思いませんが、大なり小なり近い状況はあるでしょう。

僕はフルタイムで働いているので、ママさんの閉そく感などが完全には分かっていません。
それでも僕の奥様の話や、Twittreのママさんたちのつぶやきから想像するに「本当にお疲れ様」という想いはあります。

奥様が子育て主導のご家庭なら、夫の役割の一つは「うんうん、大変だったなぁー」とただ聞く。
これが重要ということが、子育てでより理解できるようになりました。
僕はコレがうまくできておらず、たびたび奥様に指摘されている不心得者です。

それでも子育てに限らず、怒りに対して自分なりの対処法を持つことは、生きていくうえでも有用。
個人的なお話ですが、僕のモヤモヤ対処法の一つは走ることです。
一人で走りながらイロイロ考えたり、反省したり、あるいは無心になったり。
僕にとって走ることは、心のアーシング(不要なものを地面に流す)であり、疑似瞑想です。

走るにはそのための時間が必要。
自分一人の時間を持つことを、ママさんたちがいかに熱望し、実現が難しいか。
子育ては「時間の重要性がいやというほど理解できる」経験だとも思っています。

ではでは

◆今回のまとめ◆子育てでつい怒ってしまってあとで自己嫌悪
自分なりの対処法があると強い
人間はルール化しておくと達成しやすい生き物

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