コロナウィルス禍で宅配利用が増える。
これがどのくらいのご家庭にあてはまるのか分かりませんが、わが家は宅配便配達が多くなりました。
やろうと思えば、まった外出しなくても、ネットで生活が完結する時代。
子育て世代はすでにネット利用は当たり前でしょうが、いまの子ども達はこれが日常になります。
宅配便恐怖症
言葉は大げさですが、わが家に子どもが生まれたとき、僕は宅配便恐怖症に一時期、かかりました。
子どもが乳児の時は、宅配便到着のインターホン音で、寝ていた子どもと僕の奥様が起きてしまう。
大人であれば、寝ているときに宅配便が届くと「タイミング悪いな」くらいで済みますが、乳児はギャン泣きモードに入ります。
母親にとっても、子どもが0歳児時代の睡眠不足、それはそれは過酷です。
拷問や自白強要目的で「寝させない、寝そうになったら水をかけて強制的に起こす」などがあります。
育児は本質的にコレとは違いますが、人間が睡眠を削られる(まさにこの言葉通り)と、いかに追い込まれるか僕も体感しました。
寝るための1分1秒が惜しい時期、スーパーなどに買い出しに行くのも制限がかかります。
そこでわが家では、ネットスーパー活用案が浮上しました。
調べてみると、ネットスーパーも大半は一般の宅配業者配達なのでインターホンで到着コール形式。
件の睡眠分断にあたってしまうので、わが家は断念しました。
結果、僕が会社帰りや、週末に買い出しに出るスタイルに落ち着きました。
ネット通販とリアルの使い分け
子どもが生まれてネット購入するものとして、僕の周りでよく聞いたのがオムツ。
Amazon定期便を利用しているママさんは多かったです。
僕が住んでいる付近では、Amazonより最寄りのドラッグストアの方が安価でしたが、かさばるものを自宅まで配達してくれる便利さはネットならではです。
お風呂用品や絵本などの小物も、電車移動の空き時間で見繕ってネットで購入。
いまは大半の育児世帯が、ネットの利便性を享受していると思っています。
また、わが家の場合、先ほどインターホン問題があったので、ネット購入品はコンビニ受け取りにしていました。
ネットだけではなく、リアル店舗にも週末などに出かけていました。
リアル店舗に行く理由として、親側の気晴らしは大きかった記憶があります。
リアル店舗かネット最高の論争に、答えはないと思っています。
わが家は、たいていのご家族と同じく、ハイブリッドを選んだというだけのお話です。
そして2020年4月のコロナウィルス禍。
緊急事態宣言が発令され、「できるだけ自宅にいる」が推奨されました。
備蓄用ミネラルウォーターの追加購入も含め、わが家は以前より宅配の頻度が増えました。
在宅になって宅配便活用が増加
僕が在宅勤務になり、宅配便を受け取りやすくなったので、ネット購入の心理ハードルが下がりました。
いままでは「不在だと、再配達してもらうのも申し訳ない」という気持ちがあったのですが、それがクリア。
在宅業務で平日に家にいると、聞き耳を立てるわけではないですが、近所の声もかすかに聞こえます。
僕の家のお隣さんも僕同様、ご主人が在宅勤務になっており、2歳児と犬がいるご家族構成。
お隣さんが以前より宅配利用が増えたのか不明ですが、わが家同様「宅配便でーす」の声をよく聞きます。
そこで気になったのが、宅配便の配達量が増えているのか。
特に、2020年3月以降に増加しているのか。
出典:平成30年度 宅配便取扱実績について(国土交通省)
まずは、2000年からの年次推移です。
いまでは常識になっている、順調に右肩上がり。
EC全体の売上が増加しており、それに比例して増加しています。
2000年と2018年を比べると67.3%(167.3%になった)の増加。
この期間の年間平均増加率は2.8%。
これがすべてネット通販ではないにせよ、相当の割合がその要因だと僕は考えています。
出典:過去の小口貨物取扱実績(ヤマト運輸)
佐川急便の2020年3月の情報が見つけられなかったので、ヤマト運輸情報のみです。
今回、一番見たかったのは、コロナウィルスで宅配便数が増えたのか。
グラフでいうと、一番右の2020年3月がどの程度増減しているか。
結果は2020年3月時点、前年同月比で103.9%なので、少し伸びているだけ。
外出自粛要請が発令される直前の微妙な時期ですが、意外に伸びていませんでした。
一応、比較として、前年の2019年3月情報も載せています。
2019年3月の前年同月比は101.2%なので、3月に特別増減する可能性は低そう。
2020年4月の数字がどうなっているのかは、興味深いです。
ニュースでは、ドラッグストアの業績が好調と見聞きします。
マスク需要のついで買いで、他のものも売れているとの分析も見ました。
いまのところ、日本は強制力のあるロックアウトではないため、気軽に外出できるがゆえでもあります。
宅配してくれる人に感謝
宅配便を受け取っていて、コロナウィルス禍以前と変わったことがあります。
それは宅配してくれる人が、手渡しするときに距離(ソーシャルディスタンス)を意識されている。
以前より少し離れようと動いています。
もちろん手渡しなので、荷物を渡す際は至近距離になりますが、押印時など1歩、遠のいています。
ネットの書き込みで、宅配便業者の人に暴言を吐いたり、除菌スプレーを向けるなどを見ました。
信ぴょう性は定かではなく、釣り書き込みかもしれません。
宅配者がコロナウィルスを保菌している可能性はゼロではないので、リスク回避したい気持ちは頭では理解できます。
そうであれば、お互い嫌な気持ちにならない工夫すればよいのではないか。
たとえばヤマト運輸は、手渡し手はなく玄関前に置いてもらう、などの対応をしています。
いまの状況をどれくらい深刻にとらえているのか人それぞれですが、非日常なのは共通認識だろうと思います。
そういう時に、どれくらい心に余裕を持つのか。
わが家は、宅配便のインターホンが鳴ると、子どもと僕で受け取りに行きます。
子どもは、受け取り印を押すのが嬉しいのと、自分のオモチャが届いているか確認するため走って玄関に向かいます。
子どもにとって押印は楽しくもあり「自分が大切な処理を担当した」貢献したみたいなものを感じていると、顔を見ていて想像します。
自分が幼いころも、大人がやっていることをやりたがった記憶がよみがえります。
オモチャはそんなに買わないので、「今日は何?」と聞かれても「お米さんだよ」みたいなやり取りばかりになりますが。
それでも子どもは満足げに、今日も「ぷっかん(わが家での押印のニックネーム)したよー」と誇らしげです。
僕は、コロナウィルス騒動前から、宅配してくれた人に「アリガトウございます」と言っていました。
子どもも僕につられて「アリガトー」と言います。
僕はお金を払っていてもサービス受益者が偉いとは思っておらず、サービス提供者とイーブンと考えています。
購入時に送料はこちらが支払っていますが、「荷物を運んでくれてありがとう」と普通に感じています。
「ありがとう」の言葉の力は、誰しも知っています。
ネット通販をわが家では便利に利用していますが、それが全員にあてはまるとは思っていません。
受け入れるかは人それぞれで良い
僕の両親は後期高齢者で、その両親と話をしていて納得したお話があります。
新たなモノを取り入れるには、よほどのメリットがあり、簡単でないと嫌だという気持ち。
僕はこれを情弱(情報弱者)と、20歳代のころは考えていましたが、いまは違います。
人間は、歳をとると気力が衰え、新しいトライが億劫になる。
自然の摂理として、1つの生き方として、いまは拒否行為を素直に受け入れられるようになりました。
高齢でネットに疎い人に、ネットスーパー利用を薦められるか。
薦めるのであれば、どこまでサポートを考えるか。
架空の設定として、簡単に行き来できない距離在住の、ITリテラシーが低い親がいたとします。
この親に、ネットスーパーを使ってもらうシナリオを考えてみます。
タブレット環境でwifiがいまの主流です。
まずwifi環境構築のため回線契約とプロバイダー契約して、タブレット購入しアプリインストール。
クレジットカード未保有であれば、クレカ発行しても良いですが、高齢者がクレカを嫌うケースもあります。
そういう人は電子マネー系は同様にNGですので、代引きができるサービスに絞る。
その後、どこかのネットスーパーに申し込んで、自分が使ってみる。
アプリを触ってみて、ある程度使い方を把握してから、親にレクチャー。
物理的に距離が近くない設定なので、週末に行き来してサポートは難しいです。
そうすると、同じ環境を自分の自宅に用意して、電話ヘルプも効果的になります。
そこまでやって「便利だなぁ」と思って使い続けてもらえたら、しめたもの。
そうではなく「やっぱり難しいからいいよ」となるのも想像できます。
さいごに
子どもが小さいうちは、アレルギーが最たるものとして、食べ物に気を付ける人は多いと思います。
また料理を作る時間確保が難しいのも、現実にあります。
はじめての離乳食など、固形物ではなく柔らかい食べ物。
それがいまは、食材に気を付けてこだわったものが、ネットでもドラッグストアでも手に入ります。
アレルギー表示も、現代は100%記載があります。
ネットが普及していなかった時代の子育てを、実際は知らないので想像でしかありません。
乾燥までやってくれる全自動洗濯機や、食洗器のない時代の子育て。
子どもの食事もいまよりは「雑」というか、そんなに時間もお金もをかけられなかったと予想します。
生存者バイアスかもしれませんが、それでもいま、僕は五体満足で生きています。
締めるところは締めつつ、雑さもうまく取り入れるのは、生き残り策として巧手です。