余白のメディア「ラジオ」は子育てに強い味方

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育児・子供観察

音だけのメディア、ラジオ。
音を聞いて場面を想像する行為は、脳の中でも創造を担う前頭前野が活性化します。
そういうメリット以外にも、子育て中に聞くラジオは、大人側の気分転換になります。
親のリラックスは、そのまま子どもに派生します。

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単純作業とラジオの相性は良い

僕の義父は、草むしりなど単純作業をするときに、よくラジオを聞いています。
胸のポケットに薄型の小さなラジオがいつも入っていて、黒いケーブルのイヤホンで聞く。
初めて見たときは補聴器かと思ったのですが、ふんふん鼻歌を歌っている。
どんな番組が好きなのか聞いたことはないのですが、昔からの習慣のようです。

僕も一時期、歩いている時にスマホに音楽を入れて聞いていましたが、ある時止めました。
止めた理由を考えてみても、強い意志や外部からの介入ではなく、なんとなく。
あえて挙げるなら、事故や不用意な何かを避けるため、外部の音を聞いていたくらいです。
実際には、一度も危機的な状況になってはいませんが。

いま、街を見渡してみると、一人で歩いている若者は結構な割合でイヤホンを付けています。
現代はワイヤレスイヤホンが主流、ケーブルがないのでぱっと見分かりません。

スマホが音源だと思いますが、スマホは多機能なので、何を聞いているのかは分かりません。
音楽なのか、ラジオなのか、勉強なのか。

いま、ラジオはオンタイムではなく、時と場所を選ばないラジコ(radiko)があります。
とは言え、ラジオを聞く若者がいるのか。

ラジオはいまは3人に1人しか聞かない

ラジオを視聴割合情報が、NHK調査結果にありました。


出典:テレビ・ラジオ視聴の現況(NHK)

1週間に1度でもラジオを聞くかのアンケート結果です。
2009年からの情報ですが、見事に下がっています。
2009年が44.0%、2019年が33.8%で、1週間のうち1度でもラジオを聞く人はいまは3人に1人です。

同じNHKの情報で、2019年の年代別の割合が以下です。


出典:テレビ・ラジオ視聴の現況(NHK)

この情報も分かりやすく、年齢が高い人がラジオを聞いていて、若い人ほど聞かない。
テレビ同様、ラジオも高齢者がメイン層のメディアです。

ラジオとは逸れますが、いまの若い人は有料無料問わず、スマホで音楽を聴いています。
映像だけでなく音楽も定額制(サブスクリプション)が、いまは主流。
たいていの音楽ストリーミングサービスは、1か月980円で、とてつもない楽曲数の音楽が聴き放題です。


出典:2019年 定額制音楽配信サービス利用動向に関する調査(ICT総研)

2,000万人以上の利用者がいて、サービス利用に一定のITリテラシーが必要になると考えれば、中年以下の若い世代がメイン層。
時間は有限なのでダウンロード音楽を聴く人が多ければ、ラジオは聞かなくなります。

軽い介入が適当な場面もある

僕は学生時代、車でモノを配達するバイトをした経験があり、当時、車のラジオを聞いていました。
配達中の気晴らしとして、ラジオは唯一の娯楽でした。

音のみだと、音楽を頭の一部で情報処理するイメージで、メイン処理ではありません。
ドライブ中のメイン処理は運転で、ラジオはオマケ。
当時、ラジオ番組のスケジュールが頭に入っていて、何時からはこの放送局と聞く番組を決めていました。

時が過ぎて、子どもができたいまでも、僕は運転中にラジオを聞くことがあります。
僕にとって今も昔も、ラジオの音だけの「軽い介入」は、心地よく感じます。
何が心地よいか。

・音声のみ
・音楽とMCのフワッとした会話
・道路交通情報
・好きな番組が基本選べる
・自分の意図しない曲や情報にも出会える

好きなジャンルやアーティストの番組や、良い意味でバカバカしい番組を僕は聞きます。
自分の「好み」に、番組の「カラー」の周波数を合わせるイメージです。

僕は社会人になって車に乗る機会が激減して、一時ラジオから遠のいていました。
それが、最近、子育て中のラジオは、強い武器になると思うようになりました。

子育て中の味方

子どもと家で遊んでいるときに、BGMとしてラジオをかけておく。
やっている人は当たり前かもしれませんが、ある時、僕が何気なくラジオを付けて、あぁ、コレは良いなと感じました。

子ども向けのCDをかけて、一緒に歌ったり、飛び跳ねたりするのはそれ以前もやっていました。
CDの場合、流れてくる曲は決まっているので、予定調和です。
大人には「この童謡の歌詞、完全に覚えました」レベルの繰り返しで、飽きています。

対してラジオは、何が来るかは分からない。
ラジオを流していても、あくまで子どもとの遊びがメインで、耳だけラジオからの音をキャッチしている。
そんな時、ふわりと自分が若いころ聞いていた曲が、流れてくる。
頭の片隅で懐かしの曲をなぞる、あるいは小さな声で口ずさむ。

ホッと息抜きになります。

子どもに「この曲はわれわれ(僕の奥様と僕)が付き合っていたころ、良く車で聞いていたんだよ」と話す。
子どもにとっては「なんのこっちゃ」です。
自分が小さいころ、親のなれそめ的なお話を聞いたような気もしますが、記憶にありません。
いまは、自分が子どもに押し付け話をして、ぶった切られる立場ですが、そんなことはお構いなし。

奥様と付き合っていたころから、もう10年以上もたって、いま、この状況だなと思いを巡らしたりもします。

ラジオは余白のメディア

僕はラジオは「余白のメディア」だと思っています。

脳科学的に言うと、ラジオは聴覚情報なので、脳の前頭前野が活性化する。
前頭前野は考えたり、行動や感情を抑制したり、やる気を出す働きがある部位で、これがラジオを聞く1つの効能らしい。
対し、テレビやスマホは視覚情報も入力されるため、自分で考える幅が狭く、受動的になりやすい。

わが家では、子どものテレビやYouTube視聴は、決められた長さに制限しています。
親子で一緒にいても、テレビをダラダラと見続けたくない。
退屈な時間をどう楽しむかの工夫も含め、考えることを優先したい。

ラジオは本と同じく、自分の頭で想像する余白がたくさんあります。
ギチギチに詰め込みがちな現代へのアンチテーゼ。

いまは、コロナ過で、外出を控える状況です。
家の中でどうやって気分転換をするかは、人類の課題になりました。

子育て中に限って言うなら、子どもと外に出る機会が減り、家にいる時間が増える。
コロナ以前は、公園や児童館に行っていたのが、回数や時間が減る。
子どもと一日中いる閉塞感は、キレイごとではなく現実問題です。

そんな中、リフレッシュ方法は、1つでも多いほど良い。
親側がイライラして、子どもに感情的に当たって自己嫌悪に陥らないためにも、ラジオは大人にとって、一服の清涼剤になります。

さいごに

僕が若いころ、身近なクラスメイトの間で、オールナイトニッポンが流行っていました。
一応補足すると、オールナイトニッポンとは、曜日別にパーソナリティが変わる、深夜のラジオ番組。
1967年からの長寿番組で、時代とともに人が変わって続いています。

そのオールナイトニッポンの、いま視聴率が高い時でも、1%未満(0.9%)。
100人中1人。

ラジオは文化の多様化の典型で、人々の好みは分散化し、自分の好きなモノに集中する。
いま、深夜ラジオを聞いている人は、本当に好きな人と想像します。