子育てで成長すると考える人は8割前後、余裕がある人の方がその割合は高い

スポンサーリンク
統計データ

この文章のトピックスは以下です。
・子育てで自分成長を感じる割合は経年ではわずかに漸減
・2023年の成長を感じると答えた割合は母親85.9%、父親79.4%
・年齢別にみると子どもの年齢が小さいほど親は自己成長を感じている
・地域別ではほぼ差はない
・子育て負担感や孤立感が高いほど成長実感が低い
・子育てを学ぶ機会がある親ほど成長実感は高い
・子どもを産んで良かったと思うかアンケートでは9割以上が肯定回答

スポンサーリンク

子育てで自分の成長を感じる割合は7割弱から8割強

子育てによって自分も成長していると感じる
出典:母親の子育て否定感増加の実態と課題(ベネッセ教育総合研究所)

上記は「子育てによって自分も成長していると感じる」かのベネッセのアンケート結果です。
2000年79.1%、2022年68.1%、前後比-11.0%。
22年で1割強減っており、2022年時点では7割弱の人が、子育てによって自分も成長していると感じると回答しています。

 

子育てによって自分も成長していると感じる 2023年
出典:日本子ども資料年間 2025(社団福祉法人恩賜財団母子愛協会)

上記は「日本子ども資料年間」による、子育てで自分も成長していると感じるか、2023年の結果です。
こちらは1つ上のベネッセアンケートより高い数字です。
母親は「よくある」と「時々ある」を足すと85.9%。
父親は「よくある」と「時々ある」を足すと79.4%。
男女比では母親が男性を約6ポイント、上回っています。

 

子どもの年齢が小さいほど親は自己成長を感じている

子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感(年齢別)
出典:妊婦や乳幼児とその保護者を取り巻く生活実態調査(株式会社 日本能率協会総合研究所)

上記は日本能率協会総合研究所アンケートでの、年齢別の子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感結果です。
全体では「感じる」と「まあまあ感じる」を足すと93.6%と9割以上が肯定的回答です。
年齢別には、子どもの年齢が小さい方がより「感じる」と「まあまあ感じる」値が高くなっています。

子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感(地域別)
出典:妊婦や乳幼児とその保護者を取り巻く生活実態調査(株式会社 日本能率協会総合研究所)

上記は地域別、子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感結果です。
肯定回答をみると、大きな差はありませんが西高東低。
九州・沖縄が一番高く、北海道が一番低い。

 

子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感(子育ての負担感・孤立感別)
出典:妊婦や乳幼児とその保護者を取り巻く生活実態調査(株式会社 日本能率協会総合研究所)

上記は子育ての負担感・孤立感別、子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感結果です。
負担・孤立感が高いほど肯定的意見は低く、負担・孤立感を感じない層が、一番子育てに満足・成長実感を感じています。

子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感(乳幼児の育ちや子育てについて学ぶ機会の有無別)
出典:妊婦や乳幼児とその保護者を取り巻く生活実態調査(株式会社 日本能率協会総合研究所)

上記は乳幼児の育ちや子育てについて学ぶ機会の有無別、子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感結果です。
学ぶ機会がある親は肯定回答が高く、その機会がないあるいは知らない親の肯定回答は低い。

子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感(配偶者の有無別)
出典:妊婦や乳幼児とその保護者を取り巻く生活実態調査(株式会社 日本能率協会総合研究所)

上記は配偶者の有無別、子育ての満足感や楽しさ、自身の成長実感結果です。
配偶者の有無によって、回答結果はほぼ変わっていません。

子どもを産んで良かったと思う親が大半

子どもを産んだことへの感想(子どもを産んでよかったかどうか)2023年
出典:たまひよ妊娠・出産白書2024(㈱ベネッセコーポレーション)

上記は子どもを産んでよかったかどうか、2023年の回答結果です。
母親回答で「とてもそう思う」と「まあまあそう思う」を足すと98.0%。
父親回答で「とてもそう思う」と「まあまあそう思う」を足すと91.7%。
父親回答でも9割以上、母親に至ってはほぼ全員が子どもを産んで良かったと考えています。

成長の定義は難しいが育児は親にとって内省の機会

子育てが親自身を成長させるのか。
親になって一定の育児経験を積み、ふと立ち止まった時に自分に問いかけるお題です。
この問いについて「育児は親を成長させる」と「成長とは言えない、論点のすり替えのようなもの」のそれぞれの主張は以下です。

「育児は親を成長させる」の育児成長肯定意見としては以下が上げられます。
・責任感が強くなる
・タイムマネジメント・マルチタスク能力の極限化
・周囲への配慮
・忍耐力向上、レジリエンス(精神的立ち直り力)
・バランス感覚、捨てるものの選球眼
・長期的視点を持つようになる
・自分の俯瞰観察
・利他性の獲得

逆に「成長とは言えない、論点のすり替えのようなもの」の育児成長否定意見としては以下が上げられます。
・認知的不協和、苦労して得たものや高い代償を払ったもの「こんなに頑張ったのだから価値があるはずだ」の思い込み
・単なる事象(育児)に対して適応しているだけ
・摩耗して正しい判断ができていない、マヒ状態
・育児という事象が他の事象と変わらず、成長しているかは別問題
・成長していると思わないとやってられない
・育児して一人前という前時代思想にとらわれているだけ

実際に子育てすると、自分の時間はほとんどなくなります。
日本において女性のキャリアにマイナス影響を与える話は現実にあり、機会損失やマイナスの成長とも捉えられます。
あるいは幼児虐待を考えるなら、育児自体が明らかにマイナスになっている状況もある。

育児を経験しなければ人は成長しないわけではなく、子どもがいない人でも仕事、趣味、人間関係、あるいは自分自身の人生の困難を乗り越えることで人は十分に視野を広げ、忍耐力を身につけることはできます。
そして「成長しなければならない」言説は、近代の呪いという意見もある。
成長とは何かを考えるなら、それが育児のみで獲得できるものではないことに行きつきます。

いまは昔に比べ客観論の力が強まっています。
「親になって一人前」
「子どもがいないと未熟」
「育児経験こそ本物の人生経験」
上記のような価値観に対し、いまはネットでは特に反発が強くなっています。
育児で成長した人はいるとしても、それを普遍化して他人に押し付けるべきものでもなく。

今回見たデータにありましたが、ある程度の精神的・経済的余裕があり、育児の苦労を「自己内省」に繋げられる環境があれば、それは「成長物語」になり得ます。
一方で、ワンオペ育児や過酷な寝不足など、生存の危機に瀕している状況では、成長云々を語る余裕はなく、ただの「消費と疲弊の期間」に感じられるのは当然と言える。
育児に意味や成長を求めるのも、あるいは「ただの過酷なタスク」として淡々とこなすことも、どちらも親の生存戦略として正しく、尊重されるべき視点です。

と、ここまでは一般論で、ここからは僕の個人的な意見です。

僕は自分が育児によって成長したと自己評価しています。
育児経験では思い通りにいかないことだらけで、いまのこれは何の時間なのかと効率主義で言うなら真逆の状況だらけ。
・縄跳びや自転車、ボール投げなどそれなりのレベルになるまで時間がかかる
・約束を忘れる
・自分の世界の没頭する
・未来予測が足らずトラブルを起こす

大人ならできることが子どもができないのは当たり前なのに、その物差しを忘れてイラっとする。
大人ならと言っても、自分よりスマートにできる人がいるが、それは自分の中では例外としている自分の身勝手さもそこにはある。
自分が完璧ではないのに、たまたま自分ができることを子どもができないと感情がこみあげて、その腹を立てている自分に腹を立てる。
失敗する経験も子どもにとって重要であると頭では分かっているのだが、瞬間、忘れている。
ザックリまとめるなら、子育てはふがいない自分をあちこちで発見し、自分の至らなさを知る機会でした。

子どもは他者です。
子どもに何か指示している時点で、アドラー心理学の他者の課題を自分課題と分離ができていない。
子どもの課題を、自分の課題にすりかえてしまっている。

自己弁護ですが、そこには自分の子どもは自分に近い存在で、自分の勝手な想いを乗せてしまっています。
子どもの人生は子どもが決めるべきで、親がレールを敷くなら、子どもの自立を阻害する危険な考えです。
ただ、こうしたとりとめのない考えを思いめぐらすこと自体が、自分を自省するきっかけになっている。
自分一人だったら考える機会があったのか分からない点を、子育てでは強制的に考える機会にはなりました。

子どもが小さい時期は本当に自分の時間がありません。
あれもやらなくては、コレがやりたいけど優先順位で考えると保留。
その時期を過ぎ、振り返ってみるとたくさんの記憶と想いが残っている。

重複しますが、育児で成長したかと問われたら「思い込みだったとしても、成長した気がします」が僕の回答です。
ただ、そもそも「成長」は定義が難しく、歯切れのよい回答はできません。

成長については胸を張って自分の意見が述べられませんが、「育児期間は充実していました」は言い切る自信があります。

さいごに

以前もこのブログで書きましたが、子どもがどういう考え方をするのか、育児を通して僕は認識しました。
自分が子ども時代、どんな思考をしていたのか記憶はおぼろげで、また当事者なので俯瞰できておらず。
対し、自分以外であれば、ある程度突き放して観察でき、大人視点で考えるられる。

子どもの成長というと、物理的にはどんどん大きくなりますが、精神的や技術面は目に見えず測りがたい。
それでも言えるのは、子どもの性質や能力、そのほかさまざまなことをまぜこぜにして、一歩一歩子どもたちは自立していく。
急ぎ過ぎることなく立ち止まることなく、限界ギリギリのラインを狙っていければ、一般論で成長していると言えます。