なりたいものが明確な人はごく少数

ライフハック・節約
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ビジネスのスピードが速まるとともに、組織も変わってきていると感じます。
変化の速い業界では、すでにオフィス完全廃止にむけて動いている会社もあります。
この先、どんな世界になっていくのか、子どもたちが大人になったときどうなっているのか。
「変化し続ける必然と覚悟」は、昔も今も未来も変わらないでしょう。

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自分のやりたい職に就くジョブホッパー

数年前、ある知人のエンジニアに、転職相談を受けた時のお話です。
彼は30歳半ばで、すでに2度、転職を経験している人でした。
その彼が語った内容が以下。

「(転職先の会社名)はある程度良い会社だと思っていますが、長く勤めるかは未定です。
というか、長く同じ会社に在籍する可能性は、この先、僕にはあまりないと予想しています。
技術があればどこでも大丈夫だと思っているので、常に転職は考えています。」

実際、彼はこの時の転職先に転職、数年勤務した後、以前から興味があった別の業種へ転職しました。
印象的だったのが、自分の市場価値を常に考えている視点。
そして、自分がやりたいことに正直で、転職に対してハードルが低いということ。
一応ですが、その彼には奥様とお子様がいて、マイホームローンもある状況です。

また、彼は役職者になることをできるだけ避け、エンジニアとして現場にい続けたいとも言っていました。
僕の知っているエンジニア職の人は同じ考えの人が多く、腕1本で生きていた昔の職工を彷彿とさせます。

昭和時代であれば、会社組織で上層部を目指すことが大多数の共通目標だったようですが、現代はそれとは違う。
管理職よりも自分の気質を優先したり、やりたいことをやる人が増えている。

エンジニアは、フリーランスでも重宝される職業。
だから気軽に転職できるのでは?というご意見もあると思います。
そうであるなら、そうした技術を身に着ければよいということになります。
それはエンジニアだけでなく、たとえば管理職というものも市場価値の高い技術です。

例示するまでもなく、現代は以前に比べ、転職に対するハードルが下がり、組織に対する忠誠心は下がっています。
僕はコレを良い傾向だと考えています。

特に全員が企業上層部を目指す、という一昔前の画一的な世界観に疑問を持っています。
管理職の役割や責任は大きく、メンタル強度はもちろん、人間総合力も問われます。
ありえませんが仮に全員が管理職になったとしても、その全員が幸せになると思えません。

管理職ポストもなりたがる人も減っている

ドイツの軍人「ハンス・フォン・ゼークト」の唱えた、有名な組織論が以下です。
軍でのお話ですが、現代に置き換えるなら会社や所属組織として考えられます。

①利口で怠慢なタイプは高級指揮官に向いている。なぜなら確信と決断の際の図太さを持ち合わせているからだ。
②一つは利口で勤勉なタイプで、これは参謀将校にするべきだ。
③次は愚鈍で怠慢なタイプで、これは軍人の9割にあてはまり、ルーチンワークに向いている。
④もっとも避けるべきは愚かで勤勉なタイプで、このような者にはいかなる責任ある立場も与えてはならない。

出典:クルト・フォン・ハンマーシュタイン=エクヴォルト(wiki)

この文をみていて思うことが2つあります。

1つ目は、③の一般人にあたる9割が、ルーチンワークと言う点。
9割が適切かどうかは別として、大多数は会社で言うなら管理職ではなく現場向きと言う事。
言い換えると、大きな道筋などは考えずに、言われたことをそつなくこなすような感じでしょうか。
ただ、現代ではルーチンワークの重要度は低下、AIに置き換わる可能性の高い部分でもあります。
すべてが置き換わるのではなく、置き換わえるだけの価値がないものは残る、というパラドックスもありますが。

2つ目は、①の高級指揮官と②の参謀将校の数。
①と②は現在の会社で言うなら、組織運営者(社長・取締役~管理職くらい)にあたるポジション。
その組織運営者の数は減っていて、現場でもビジネス全体を意識する必要性が高まっています。

僕は知りませんが、昭和時代は今よりもたくさんの役職階層があったと認識しています。
係長の上に課長、その間に課長代理とか課長補佐、笑えるような細かい分類まであったりなど。
現代はその縦の階層が少ないのが一般的。
図にすると以下のような感じでしょう。

今も昔も大多数の人が、取締役などの上役に上がれないという現実がまずあります。
そして最近は、中間管理職的ポジションの数も減っていると感じます。

若い人は以前に比べ、管理職になりたがらない。
管理職の責任や担当領域が、近年さらに重くなって割に合わないということは同意します。
管理職ポジションが減っている、その熾烈なレースに参加したくないということもありえます。

実際、冒頭の僕が転職相談を受けた方のように、管理職を目指さず、自分のやりたいことを重視するような、そんな人たちが増えているように感じます。

なりたいものが明確な人はごく少数

転職を考える人向けの、具体的かつ読み物としてもおもしろい本が以下です。
ある若者が転職していく様を、ストーリー形式で綴った1冊。
物語なのでさらりと読めますが、内容はとても現実的かつ実用的。
転職前に一読せよという評判が多く、ベストセラーなのがうなずけます。

この本の中で、人は生きていくうえで重視する方針として、以下の2つに分類されるという記載があります。

Todo型=明確な夢や目標を持っていて、自分のやりたいことをやる人
Being型=どんな人でありたいか、どのような状態でありたいかを重視する人

この本では、99%の人はBeing型。
やや無理やり感がありますが、たとえ「自分のやりたいこと」 がなくてもそれが一般的だから大丈夫ということ。
要は、なりたいものが明確な人はたった1%、大半の人は現在の状態や、日々の暮らしを重視して生きている。

確かに、自分自身を振り返ってみると、絶対〇〇になりたい、という想いはありません。
日々の暮らしの中で、現実的なことや目先のことに忙殺されています。
少しでも心地良い状況を作る事を重視している点、この分類のBeing型に当てはまります。

さいごに

僕の幼馴染の父親は、いくつかの会社を経営する人です。
その方が話していたのが「会社経営の楽しさと難しさ」。
イロイロな苦労話を、笑顔で話されていたことが印象的でした。

また別のご高齢の自営業をなされている方。
「自分は性格上、組織で働くことは向いていなかったのでこの職業で良かった」
こちらの方もやはり笑顔で、そんな話をしてくださいました。

このお二方の言葉を額面通り受け取って良いかはあると思います。
端的に言うと「自分の人生を自己肯定しているだけ」なのではということ。
もちろんそうした部分もあるでしょうが、お二方とも良い笑顔で語られていたので、一定以上はご納得の人生だったと予想。
長年、闘ってきた人の、得も言われぬ人生の厚みのようなものを感じました。
諦観や達観という言葉も思い浮かびます。

僕も良い年になったので、長生きしている人は、それだけで1つの才能だと思うようになりました。
当たり前ですが、道で唾を吐くような老害には、カチンときていますが。

僕も若いころは、華やかな世界に心惹かれていました。
しかし最近は、本心で「人それぞれの良い道があるのでは」と感じています。

それは、自分の子どもがどうなっていくのか、というところにも行きつきます。
子どもがどの道を選ぶにせよ、爺さんになったときに笑顔で人生を語れる人であってほしい、と思っています。

ではでは。

◆今回のまとめ◆最近は転職ハードルは低下
管理職ポストも志望者も減少
なりたいものが明確な人はごく少数

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